愛 縁 喜 縁 (あいえんきえん)







「あっ、女の子だ!」

その朝
私は女の子が産まれる夢を見た



朝食を終え、出勤の支度を整えると
私は出産の為に里帰りをしている妻に電話を入れた


「どう調子は?」

「変わらないわ。 予定日はまだ先だしね」

「そっか、今朝さ。
 女の子が産まれる夢を見たんだけどなぁ〜」

「そんな事ある訳ないっしょ。
 絶対男の子だし」



3姉妹で育った妻は男の子を欲しがっていた

私は元気に産まれてくれさえすれば
どっちでも良かったのだが
何となく女の子のような気がしていた

それを妻に言うと
妻はいつも口を尖らせては反対をしていた

「絶対に男の子を産むからね!」


今は医者に訊けば
男の子か女の子を教えてくれるらしいが
私達は産まれてくるまで楽しみにしたかったので
どちらか訊いてはいなかったのだ



「で、今日はこっちに来るの?」

「あぁ、予定通りに行くよ」

「じゃ、昼は用意しておくね」

「うん、頼むよ」

「何時頃になる?」

「そうだなぁ〜 多分、12時過ぎかな」



妻の実家は私達の住む町の隣の管内で
車で走れば2時間ほどの所にあった

私は仕事でその町には毎週1度は必ず行っていた
今日もその予定の日だった



「こんにちは」

店に入って行くと
義母が笑顔で迎えてくれた

「あぁ、いらっしゃい。
 どうぞ、2階に上がっていて。
 もう、昼の支度は出来ていると思うけど」

「はい、すいません。 それじゃ」


妻の実家は小さな雑貨屋をやっていた
1階が店で2階が住居
夫婦2人でやっている良くある小さな店だ


「やぁ、どう調子は?」


2階の居間に上がって行くと
妻は昼食の支度をしていた


「変わんないわよ。
 ちょっと待ってて。 すぐ出来るから」

茹でている冷麦を箸で回しながら妻は答えた


ソファに座ってテレビを見ていると
義母が居間に入って来た

「あら、まだ出来てないのかい?
 ごめんなさいね。 忙しいのに」

「いえ、まだ大丈夫ですよ」

私はちょっと恐縮しながら答えた


義母はいつも私に対してものすごく気を遣ってくれる
と、言うより
義母も義父も2人共とても温和な人達で
私は2人が怒っているのを見た事がなかった

『じゃ、いったい
 うちの奴の気の強さは誰に似たんだ?』

そう心の中で苦笑をしていると


「そう、大丈夫よ。
 忙しかったら来れないんだから」

案の定、妻の憎まれ口が始まった


「また、お前はそんな事を言って。
 せっかくパパさんが忙しい中を来てくれているのに。
 すいませんね。 こんな娘で」

「いえ、慣れましたから」

「ひどい! 昼はもう無しよ!」



「まだ兆候は無いの?」

冷麦を啜りながら私は妻に訊いた

「うん、だってまだ予定日は3日後だしね」

「初めてだから少し遅れるかも知れないね」

義母がそう付け加えた


「そっか、じゃやっぱり夢かぁ〜」

「どうしたの?」

「旦那がね、女の子が産まれる夢を見たんだって。
 絶対、男の子なのに」

「まぁ、そうなの?」

「えぇ、うちの奴は信じてませんけどね」

「当たり前でしょ! 絶対、男の子を産むんだから!」


妻はどうしても男の子を産むつもりらしい

名前も男の子の名前しか考えていない


「でも・・・」

義母が意味有り気に言った

「何?」

「もし、今日産まれるんだったら女の子かも知れないね」

「そんな事無いって。 全然、お腹は変わらないわ。
 コーヒーで良い?」

「あぁ、頼むよ」


妻がお湯を沸かしに台所に立った時だった


「うぅ・・・」

「ん? どうした?」


その時、妻がお腹を押さえてしゃがみこんだ


「どうした? 大丈夫か?」


妻の顔を覗き込むと苦しそうに顔を歪めていた
大粒の汗が額から頬にかけて流れていた


「ともちゃん! ともちゃん! 大丈夫?」

義母が妻の背中を摩りながら話しかけた

「パパさん、病院に連れて行ってくれる?」

「う、産まれそうなんですか?」

「えぇ、でもまだ大丈夫だと思うんだけど。
 でも、陣痛が始まったかも知れないし」

「大丈夫、すぐ鎮まるわ」

妻が苦しそうに言った

「ダメよ、万が一の事があったら困るでしょ?」

義母が妻を促した


「とりあえず、車を持ってきます!」


私は急いで車を駐車場から店の前に持ってくると
2階に駆け上がった

「大丈夫か?」

「えぇ・・・」


義母と2人で妻を脇から支えながら
階段を降りると
店にいた義父に事情を簡単に説明し3人で病院に走った



病院のロビーで待っていると
妻に付き添って診察室に入っていた義母が戻って来た


「どうですか?」

「えぇ、先生の話だと陣痛が始まったみたい。
 でも、初産だし、そんなにすぐには産まれないと思うけど」

「そうなんですか?」

「たいていね、陣痛が始まってからが長いのよ。
 しかも、初めてだしね。
 夕方か夜になるかも知れないね。
 もしかしたら、鎮まっちゃうかも知れないし。
 こればっかりはね〜」

「でも、待つしかないですよね?」

「そうね〜
 パパさん、仕事が残ってるんでしょ?」

「えぇ、まぁ・・・」

「じゃ、終わらせてきたら良いですよ。
 どうせ、ここで待っていても何も出来ないし」

「えぇ、でも・・・」

「仕事が終わったら、また寄ってみて。
 どっちにしても今日はこのまま入院になると思うわ。
 パパさんが戻って来るまで私が待っていますから」

「そうですね。 じゃ、お願いします」



それから私は急いで仕事を片付けて
再び病院へと急いだ


病院に着くと5時を少し回っていた

受付で訊ねると
何とも・・・もう赤ちゃんは産まれていて
母子とも新生児室に入院していると言う


新生児室前のロビーに行くと
義母がうとうとしながら椅子に座っていた


「お義母さん・・・」

「あぁ、パパさん、おかえりなさい」


私に気がつくと
義母は笑顔で立ちあがった


「産まれたんですって?」

「えぇ、それがね、
 パパさんが出掛けて
 1時間もしない内に産まれたんですから。
 もう、ビックリですよ」

「じゃ、安産だったんですね?」

「安産も安産、大安産ですって。
 分娩室に入って1時間ですからね」

「で、どっちでした?」

「あぁ、ごめんなさい。
 私ったら肝心な事を言うの忘れてました。
 やっぱり女の子でしたよ。
 可愛い女の子!」

「ホントですか!」

「えぇ、母子共に元気ですって。
 あっ、見にいきましょ」


義母に連れられてロビーを出て
新生児室に繋がる廊下のドアを開けると
横長の大きなガラスの部屋が見えた


「まだ、中なんで会えないんですけど
 見る事は出来るんですよ。
 ほら、あそこ」

指で指された方を見ると
奥のベッドに寝ている妻と赤ちゃんが見えた

妻は私に気がつくと
看護師さんに声をかけて何か話をしていた

すると
看護師さんがこちらに赤ちゃんを連れて来てくれた


ガラス越しに見る初めての我が子
それだけで私はもう感無量だった


「ほらね、可愛い赤ちゃんでしょ?」


義妹のところには既に子供がいたのだが
2人共男の子だったので
義母にとっては初めての女の子の孫になる


「可愛いねぇ〜」

義母は私より先に親バカ・・・
いや祖母バカぶりを発揮している


私にとっては初めての子供
可愛くない訳がないが
しかし、どう見てもお猿さんだ

おっぱいをもらって満足しているのか
すやすや寝ている

その姿は可愛いお猿の子供?


「あっ、でも
 赤ちゃんの割には鼻筋が通ってますよね?」

「そうね、この子は美人ちゃんだよ」

「そうですね」


私は早くも娘が嫁ぐ場面を想像していた

『どんな奴が来ても絶対「うん」とは言わんぞ!』

そんな場面を想像するだけで涙がこぼれそうになった

いや、そのせいだけだは無かったかも知れない


ガラス越しに見た初めての娘
そして、その寝顔

それを見ていると
私もついに親になったんだと
そんな実感が湧いてきた

『この子を守らなきゃな』


子供を持って初めて分かる親の気持ち
そして、有りがたさ

でも、それはまだホンの一歩を踏み出したばかりなのだ



ともあれ

かくして、1993年8月25日
長女は産まれた


そして
この日は私の母親の3回忌の命日
まさにその日でもあった

 
それから毎年この日は
私にとっては悲しくもあり
そしてまた、嬉しい日となった


でも
私は長女が母親の生まれ変わりだと思った事は無い

ただ
Rh−で産まれてきた長女だが

その長女にもし何かあったとしても
きっと亡き母親が守ってくれるに違いないと思っている

その為の縁を強める為に
あえて、長女はこの日を選んでこの世に生を受けた

そうは思っている



親不孝息子だった私の初めての子供

子供好きだった母親は
どれだけ孫を抱きたかっただろう?

どれだけそんな日を夢みていただろう?

「ばあちゃん」

そう呼ばれる日を


それも叶わずに亡くなった上に
何かあったら見守ってくれだなんて
さすがの私でも調子良過ぎるなとは思ってはいるけど

それでも母親は笑って見守ってくれるに違いない

そんな母親だった


もちろん
娘は私が守るよ

でも、何かあったら力を貸してくれるかい?

良いよね?

母さん・・・


ガラス越しの長女を飽きずに眺めながら
私は心の中でそっと手を合わせた





余談ですが

それから6年後に産まれた次女の誕生日は8月23日です

次女の予定日も8月25日だったのですが
噂によると(?)
さすがに子供が2人続けて
誕生日が命日と言うのは嫌だったらしく
妻が意地でもその前に産んだ・・・らしい(笑)


妻に訊いても
決して「そうだ」とは言わないけど
何となく、それは当たってるような気がします

妻が意地で産んだせいか
長女に比べると意地っ張りで頑固者の次女ですから(笑)


まぁでも

お陰さまで
2人共元気で育っているので
あえて
それ以上は突っ込まないようにしているんですけどね





《夢乃注》

『愛縁喜縁』とは夢乃の造語(当て字)です

元々の言葉は『合縁奇縁』
つまり

”人と人との気心が合うのも合わないのも
 それは全て、不思議な因縁に拠る”

そう言う意味です

そこから今回は

”親から子、子から孫へと繋がる家族の縁
 その愛情の連鎖
 それこそが人として産まれた喜びをもたらす縁なのだ”

そう言う意味でこの言葉を当ててみました
































inserted by FC2 system