権兵衛の泣き所







父親である私を差し置いて
一人でソファを占領してテレビを観ていた長女

『まぁ、部活で疲れているんだろうし
 たまには大目に見てやるけど
 でも、あまり図に乗ると罰が当たるぞ』

トイレに行っている隙に
長女にソファを下剋上された私は
心の中でそう呟いた


「良し、今の内にトイレに行ってこよう。
 あっ、お父さん場所を取らないでね!」

テレビ番組がCMになった時
そう言うと勢いよくソファから飛び降りて
トイレに駆け込もうとした長女

その瞬間

「いてえー!!!」

長女が悲鳴を上げた

「ん? どうした?」

見ると長女はテレビの前に屈み込むと
両手の指で何やら足の親指を押さえていた

「いてて・・・」

どうやら
ソファから降りた瞬間に
座卓テーブルのごつい脚に
足の親指を痛打したらしい

「おいおい、大丈夫か?
 だけどさ〜
 お前ね、仮にも高校3年生の女の子なんだから
 『いてー!!!』は無いだろ?
 もっと、女の子らしくだなぁ〜」

それを遮って長女が言う

「そんな余裕無いから」

「に、してもだ。
 もうちょっと可愛く言えないのか?
 『キャー』とか『いや〜』とかさ」

「そんなの気持ち悪いっしょ」

まっ、確かに

そもそも中学、高校と
バリバリ体育会系の長女に
おしとやかさを求める方が間違ってるってものか?


「姉ちゃん、大丈夫?」

ニコニコしながら次女が長女に近付いてきた

親のひいき目で見ても
どうも、心から心配をしている風でも無い

とすると
日頃の恨みを晴らすチャンスと思ったのか?


「お前、近寄るな!」

殺気を感じたのか長女が次女に身構えた
完璧な応戦体勢である

「何もしないよ」

「そうそう、仮にも姉ちゃんだもんな」

そう言って次女を見ると
次女は両手に持っていたぶ厚いマンガ本を小脇に抱え直して
くるりとテーブルの向こうに引き返して行った

『次女、お前・・・まさか・・・!?』



「そう言えばさ」

次女が言った

「足の親指もぶつけたら痛いけど
 ここもぶつけたら痛いよね?」

そう言って自分の脛(すね)を指差した

「あぁ、そうだな。
 脛は鍛えようが無いって言うからな」

「ここって何って言うんだっけ?
 何とかの泣き所・・・
 あっ、そうそう! 権兵衛?」

思わず『プッ!』と噴き出した私

「あれ? 違ったっけ?」

「姉ちゃんに訊いてみな」

笑いを堪えながら私は言った


「ねぇ、姉ちゃん。
 ここ何て言うんだっけ?」

「何よ? 私、痛いんだから、止めてよ」

長女は未だ屈みこんだまま
足の親指を押さえていた

「ねぇ、ここ何て言うんだっけ?」

と、次女はまた脛を指して訊いた

「お前、さっき言ってたじゃん。
 なら、分かってんじゃん」

「ホント? 合ってた?」

『おいおい、適当に言うなよ』

と、苦笑いの私

「権兵衛の泣き所で良いんだよね?」

「権兵衛??? 誰が?」

きょとんとする長女

「だから、足の脛だよ」

と、次女

「脛? 脛が何で権兵衛なの?」

「だから訊いてるんでしょ?」

「えー? 何か、違うくねぇ?」

「じゃ、何て言うんだっけ?」

と、私

「・・・・痛い」

慌てて、又足の親指を押さえる長女

「ねぇ? まさかとは思うけど?」

「・・・」

「おいおい、マジ知らない訳じゃないよね?
 高校3年生ちゃん?」

「あはは、何か聞いた事はあるんだけど・・・
 でも、権兵衛でも良くない?
 なんか、ごっつい大男って感じするじゃん?
 その大男の弱点なんだから間違って無いっしょ?」

「あのなぁ〜 確かに大男ではあるけどさ。
 でも、権兵衛って何だよ?」

「ドンベエよりは良くない?」

「何で、カップ麺になんだよ?
 あのさ、”弁慶”って聞いた事無いか?」

「弁慶?」

「そう、”弁慶”」

「それがどうしたの?」

「いや、どうしたのでなくってさ・・・
 あっ、何か・・・頭が痛くなってきたわ・・・」

「お父さん、何処かで頭を打った?」

「あぁ、権兵衛じゃないけど
 そんなお前らに脛をかじられているのかと思ったら
 お父さんは泣きたくなるわ」

「あっ、ほらっ!
 やっぱり、権兵衛で良いじゃん!
 泣き所でしょ?」


おいおい・・・

弁慶さん、こんな娘らで本当にごめんなさい!(泣)





























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