夫婦バトルと忍びの極意?







忍術を使いこなすには
何よりもまず日々の鍛錬が重要である。

この鍛錬で鍛えるのは
主に心・技・体
そして頭脳の四つ。

それらを鍛え如何なる事態に遭っても
機敏かつ柔軟な対応が出来るようにすべし。

@敵の奇襲に動じずに
 対応出来る精神力を鍛えるべし!
A敵の策略に即応し
 間髪を入れずに反撃出来る技を磨くべし!
B敵の動きに
 俊敏に備えられる身体能力を養うべし!
C敵の次の手を
 先読み出来る洞察力と判断力を会得すべし!

敵が発する殺気をいち早く察知出来れば
自ずと道は開けるもの也。

万が一
逆境の中に身を置かねばならない時は
耐え忍ぶのも又、忍びの極意也。

決して騒がず、決して狼狽えず
努めて冷静沈着に行く道を見定めるべし。

それすなわち
忍術において最も重要とされる極意である。




これら忍びの極意は
現代の夫婦間バトルに於いても
十二分に活用可能な極意である・・・多分。





「ただいま」

「・・・」

「うん? どうした?」

帰宅した夫が居間に入ると
妻が鬼の形相で
且つ、夫を威圧するが如く
腕組みをしてソファに陣取っていた。

それはまさに妻の奇襲であった。

「な、何? ど、ど、どうした?」

無言の妻。

ソファの前に置かれたコーヒーテーブル。
そこには一枚の名刺が置かれていた。

妻がそれを横目で見ながら
不気味な程の猫撫で声で一の矢を撃った。

「ねぇ? ”モンロー”って誰?」

「あぁ、それは・・・
 そう、この前会社の後輩にね。
 無理やり連れて行かれてさ」

動揺を抑えるように
夫は努めて平静を装って答えた。

「そう? ずいぶん、グラマラスな名前よね?
 あなたの好みにピッタリね」

冷ややかな視線で夫を見る妻。

「そ、そんな事はないさ!
 酔っぱらってたから
 どんな店だったかも良く覚えてないんだ」

「ふぅ〜ん。なら、これは何かしら?」

一枚のカードを手裏剣の如く二本の指で挟み
夫に目がけて投げつけた。

妻の二の矢である。

「あっ、何だよ。危ないじゃないか!」

ふと、カードが落ちた床に視線を落とした夫。
目に入ったのはラブホテルのポイントカードだった。

「えっ? な、な、何んで?」

「あなたの財布に入ってたのよ。
 もちろん、知ってるわよね?」

「な、お前・・・何を勝手に!」

それには応じずに妻が続けた。

「随分とポイントが溜まってるわね?
 後、一回泊まったら
 宿泊が一泊サービスになるんですって?
 ここって、あなたが良く出張する所よね?
 ふぅ〜ん、あなたの仕事って楽しそうね。
 お仕事相手はやっぱりモンローさん?
 それとも、ヘップバーンさんかしら?」

「ち、違うんだ!
 いつだけかなぁ〜
 ほら、半年くらい前にこの町に出張に行った時さ。
 ホテルが何処も満室でね。
 で、仕方がないから後輩と・・・
 あっ、もちろん、男ね。
 奴と泊まったんだけど・・・ほらっ!
 一泊二人で五千円なんだ。
 安いだろ? 出張費も浮くしさ。
 だからね・・・そうそう!
 ほらっ、最近お土産が豪華だろ?
 浮いた分でお土産をバージョンアップ〜♪
 なんてさ。あはは、あはは」

しどろもどろになりながらも
必死に応戦をする夫。

妻はもちろん、そんな話なんか信じちゃいない。
夫もこれで騙せるとは思ってはいないが
こういう場合の鉄則は絶対に認めない事なのだ。

仮に、不倫相手とベッドに入っている処を
妻に目撃されたとしても
決して、認めてはいけない。

そんな時はこう言うのだ。

「まだ、何もしていない」

そう、忍びたる者。
如何なる状況に置かれたとしても
決して、強気の姿勢を崩してはならない。

認める事。諦める事。
それはすなわち
死を意味する事に他ならないからだ。


「さぁ、分っただろ?
 俺は浮気なんかしてないんだって。
 さっ、腹が減ったな。
 ご飯はある?」

「ご飯? もしかして、これの事?」

妻がエプロンのポケットから取り出したのは
見覚えのある携帯電話。


これは満を持した妻の第三の矢である。
所謂、『トドメの矢』になるのであろうか?

自らの勝算に自信満々余裕の笑みすら浮かべる妻。
夫、最大のピンチである。


「あー、やっぱり家に忘れてたのか。良かった」

しかし妻は無言。

「・・・」

「あぁ、良かった」

夫がテーブルの上の携帯を手に取ろうとした瞬間。
一瞬早く妻がその携帯を奪い取った。

そして、おもむろに言った。

「何だか、随分メールだとか電話が来てたわよ」

「あ、あぁ。仕事の件だと思うよ。
 そう、仕事・・・仕事さ」

「ふぅ〜ん。そう?
 私、かかって来た電話に出ちゃった♪」

「げっ!? そ、それはお前・・・」

「何? お仕事相手なんでしょ?
 なら、あなたと連絡が取れないと
 先方も困るんじゃないかと思ってね。
 だから、出てあげたのよ」

今度は夫が無言。
但し、これは返答に詰まっているだけではあるが。

「そしたら、相手の方は何て言ったと思う?」

「さ、さぁ・・・」

「『あんた、誰よ?』ですって。
 随分、口の訊き方を知らないお仕事相手なのね?」

「あっ、あぁ・・
 そう、きっと、間違い電話だったんじゃないか?」

「そうなの?」

「そうだよ! 当たり前じゃないか!」

「それにしては着信の名前が
 『エリザベス』って携帯に出ていたけど?
 どうして、間違い電話の相手の名前が出るのかしら?」

「最近の携帯は進歩しているからね。
 かかって来た相手の名前が出るんじゃない?」

「ふぅ〜ん。私のには出ないけど?」

「そ、それは・・・そう、設定じゃないか?」

「じゃ、あなた。私のにも設定をしてくれる?」

「あぁ、今度な。
 今日は疲れてるんだ」

「『エリザベス』さんとのお仕事で?」

「そう・・・ち、違うよ!
 嫌だなぁ〜 何を言わせるんだよ。
 まるで夫婦漫才じゃないか?
 あはは、あはは」

「良く笑えるわね?」

≪ギクッ≫

夫を鋭く射抜くように見つめる妻の形相は
鬼を遥かに超えて”怒りの大魔神”のそれだった。

「誤解だよ! 誤解!
 俺は神に誓って浮気なんかしてないって!」

「・・・」

「なぁ、信じてくれよ。
 俺がいつ浮気をしたって?
 今までだって、随分お前の悪態にも我慢を・・
 あっ、いや・・・その、なんだ・・・
 お前一筋、家族一筋で来たじゃないか?
 毎日、ゴミ出しだってしてるし
 休みの日だって家族の為に使ってるつもりだよ」

「だから?」

「だからさ〜
 俺にはお前が一番。家族が一番なんだよ」

「随分、一番がいるのね?
 それで言うなら
 『エリザベス』さんも一番なんでしょ?」

「だから、違うって! 誤解! 誤解!」

「証拠は?」

「証拠?」

咄嗟に夫は捨て身の覚悟で妻に抱きつくと
破れかぶれでキスをした。

その瞬間。
妻の正拳が夫のミゾオチを強打した。

「うぐっ・・・」

思わぬ反撃に苦痛でもんどり打つ夫。
したり顔で薄笑みを浮かべる妻。

妻は何事も無かったかのように平然と言い放った。

「あなた。これにサインをして頂戴」

そう言うと妻は
静かにテーブルの上に二枚の紙を差し出した。

一通は離婚届け。
そして、もう一通は
≪財産の全てを妻に譲る≫
と書かれた誓約書だった。

「お前・・・?」

「あっ、ペンね? はい。これはあなたの印鑑」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!
 だから、誤解なんだって」

「良いのよ、どっちでも。
 それとも、何?
 一生、罪を償って私の奴隷でいたいのかしら?」

「そんな殺生な・・・」

「あなたには選択権は無いの」

「嫌だ! 俺は別れないぞ!」

「じゃ、正直に謝罪をするのね」

「そしたら・・・許してくれるのか?」

「さぁ」

「『さぁ』ってお前・・・」

「言ったでしょ? あなたには選択権は無いの」

「・・・」

「さぁ、早くしてね。私、出掛けるんだから」

「出掛けるってお前・・・こんな時間に何処に?」

「何処だって良いでしょ。
 あなたには関係無いわ」

「関係無い事は無いさ。
 あっ、解った!
 お前も浮気をしてるんだろ?
 何処の男だ?」

「『お前も』? 今、『も』って言ったわね?」

ニヤリと笑みを浮かべる妻。

≪ギクッ≫

「そ、そ、それは言葉のアヤだろ」

「今、認めたわね? 認めたわよね?」

「うぐっ・・・はい・・・
 申し訳ありません!
 この通りです!
 もう二度と浮気はしません!」

夫は妻にひれ伏し土下座をして許しを乞うた。





夫の敗因はふたつ。

ひとつは
やぶれかぶれな行動
浅はかな甘い考えで為し崩しにしようとした事。
もうひとつは
妻の誘導に乗って謝ってしまった事。

忍びたる者は常に冷静沈着でなければなりません。
そして、どのような責めに遭っても
強い意志を持って
弾き返す気概を忘れてはいけなかったのです。

意志が弱いのに浮気などとは以ての外です。

これを専門用語で言うなら『論外』

この男は
まだまだ忍びとしての
修行が足りなかったと言う事でしょう。

これを専門用語で言うと『自業自得』ですかね。



えっ?

この二人がこの後どうなったか?


それは皆さんのご想像にお任せしておきましょう。

私は想像なんかしたくは無いですがね。

「おー、怖っ!」





































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