密 談



金曜日は今週二度目の歯医者の日だった

しかも、13日の金曜日・・・
私は何も起こらない事をひたすら祈った


待合室で待っていると
ほどなく名前を呼ばれて私は診察台に向かった

きっと
死刑囚が最期を向かえる時と言うのはこんな感じなのか

心の中で虫歯を作った後悔と諦めが交差する


診察台が後ろに倒されると
歯科助手は
静かにスィッチを入れると私の顔にライトを当てた

眩しい・・・

刑事ドラマなら
ここで刑事が机をバンと叩いて犯人を問い詰めるだろう

お馴染みの

「早く吐いて楽になったらどうだ?
 故郷(くに)のおっ母さんが泣いてるぞ。
 かつ丼食うか?」

・・・の、あの場面だ

今日はジタバタするのは止めよう
大人としてみっともない事はしないでおこう

私はそう心に誓っていた


治療が始まると
例によって口を大きく開けさせられる

すると今日はいきなり
口の中に何かビニールのような物を敷かれた

丁度
外科の手術の時に
患部以外を覆うシートのような感じだろうか

口には吸引ホースが入れられてシューシューいっている

その音のせいか
先生と助手のやり取りが思うように聴こえない

しかも
時々は何やら横文字を使っているのだから
私には尚更状況が分からない


それから、又
例のドリルの出番

私の身体は一気に硬直を始める

「痛いですか?」

そう言いながら先生は
相変わらずの笑顔で奥歯を削り続ける

ドリルの動きに
思わず身体が反応をする

「あっ、ここ痛かったですか?」

と、先生は口では言うが
あくまでも何も無かったかのような
にこやかな笑顔だ

営業マンでもあれほどの営業スマイルはしないだろう


「あんたが削る前は痛くなかったよ」

そう言いたかったがそんな事は言えるはずもない

ただ
首を振るのが精一杯だ

診察台の上では
私の拒否権など机上の権利でしか無いのだ


助手に指示を出している途中で
時々、先生の言葉が詰まる

『えっ? 何? どうした?』

一気に私の動悸が激しくなる


『ゴニョゴニョ・・・』

分からない
何かを話しているのだが私には分からない


「ごめんなさいね〜」

猫撫で声の助手が言う

『えっ? 何を謝っているんだ?』


先生が助手に又何かを言っている

「ちょっと待って」

先生はそう言うと席を立った

『おーい! 誰かぁ〜〜〜!!』

叫びたくなる気持ちを必死で抑えた


ほどなく先生が戻り治療は再開した

相変わらず、私には聴こえない会話が続く



『横文字は止めてくれ〜〜〜!』

『ひそひそ話は止めてくれ〜〜〜!』

『いっそ、ひと想いに・・・』

(いや、そこまで言うつもりはないのだが)



患者にとって
医者と補助者の密談ほど怖い物は無い





























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