1980年3月 〜君に捧げる「ボクサー」〜








何もこんな日に雨など降らなくたって良いのにね・・・
それでなくても寂しくなるって言うのに。

君はこれから故郷に帰るところ。

見送る僕に君は笑って「ありがとう」ってひと言。
そう言ったきり、珍しく君は無口になった。
想い出が多過ぎて言葉にならない。
それは僕も同じだったよ。


酒の強い南国生まれの君と
酒の弱い北国生まれの僕。
誰とでも会った瞬間に友達になれる君と
人見知りの僕。
何でも出来ていつも自信満々な明るい君と
初めての東京で自信を失くしていた僕。
何から何まで全く正反対の君と僕だった。
大学2年の教室でたまたま横に座った君は
僕からみればいつも羨ましい存在だったんだ。


ある日、サイモン&ガーファンクルのLPを持っていた僕に
「S&G好いとぉんね? 俺もさぁ〜 LPじぇんぶ持ってるんばい」
そう気さくに話しかけてくれた。
お国訛りが自信にさえ見えた。
そんな優しい笑顔だった。
「うちば遊びに来なかね?」
初めて話をした僕に親しみを込めて誘ってくれた君。
「ギターが有るけん。 あんたも弾きよるん?」
「うん、少しなら」
遠慮がちに答えた僕。


それから君のアパートに行って
2人でギターを弾いて歌った歌。
サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」
君が一番好きだと言ってた歌。

「ボクサー」を歌った後で
君はいつも決まってこう言うんだ。
「俺は卒業しても東京に残るけん。
ずっと、こん街で、這いつくばってでもよう頑張らな思っとる。」

君なら何でも出来そうな気がしていたよ。
君となら、僕でも何か出来そうな気がしていたんだ。


それから2年半。
僕らはいつも一緒だったね。
ギターを弾いて、歌を歌い
僕も、飲めなかったお酒も少しだけ飲めるようになった。

引っ込み思案の僕が
君に誘われて大学祭のステージに立つなんて思いもよらなかったけどね。
でも、君の笑顔が僕に自信をくれたんだ。
「普段のつもりでたれな良かよ。楽しかったらそれで良か」


君とはいつも話したね。
将来の夢。
将来への希望。
いつまでも変わらないと誓った友情は
例え、いつかお互いが離れ離れになっても変わらないと。
そんな日が来るとは思いもしないで・・・


大学4年の秋。
まだ就職の決まっていなかった僕は
東京に残ろうか
北海道に戻ろうか悩んでいた。
親は帰って来いと言う。
僕は君が残ると言っていた東京に残りたいと思っていたけど
でも、親にはこれ以上心配もかけられないとも思っていた。
大学の4年間だけの約束で来ていた東京。


ある雨の夜
アパートのドアを叩いたずぶ濡れの君は
かなり酔っていた。

「卒業したら田舎に帰って家ば継ぐ事にしたとよ。親父が死んだんだ・・・」

君の突然の言葉に
僕は何も言えなかった。
慰めの言葉も
お悔やみの言葉も
何も・・・

差し出したタオルを頭から被り
君は震えていたね。

僕は黙って缶ビールを手渡した。
君はそれを一気に飲み干すと
それからずっと窓の外の雨を見ていた。

君の気持ちが僕にも痛いほど伝わってきて
それだけに
気休めにしかならない陳腐な労わりの言葉は
僕の喉の奥で行き場を失っていた。

それから、もう一度
タオルで頭をぬぐい
顔をぬぐうと
君はギターを手に取って
静かに
「ボクサー」を歌い始めた。

僕の為に歌ってくれたのか?
自分に言い聞かせていたのか?
君が語るように歌った「ボクサー」を
僕は一生忘れないだろう。


3月。
卒業式の終わった夜。
引越しの荷物を出し終えた君は
ギターと缶ビールを抱えて僕を訪ねてくれた。

桜の便りが君の故郷に届いたニュースを2人で観ながら
僕らは、僕の狭いアパートで酒を飲んだ。

わざと明るく振舞う君と僕。
他愛の無い会話。
取りとめも無く過ぎる時間。

振られた女の話と
毎年、同じ授業を繰り返すだけの禿げた教授の話。
毎日、食べていたくせに
「まずい大賞だ!」と笑った学食のA定食の話。
君が初めて僕に声をかけてくれた時の話・・・


ふと、黙った後で
君はポツリと
「なぁ、結婚式には呼んでくれんね。例え、北海道だって行くけん。」
「ああ、もちろんだよ。 お前もな。
その代わり、九州まで行くんだから旅費はお前持ちだぞ。
 なんせ、お前はもうすぐ社長なんだからさ。」

言った後で後悔をした。
急に現実が目の前を覆った。

でも、君はいつもと変わらない優しい笑顔で
「なぁ、今夜はお前がボクサーば歌ってくれん?」
いつもは2人で歌っていた。

僕はギターを持つと
精一杯の気持ちを込めて歌った。
2番の途中まで歌った時
突然、部屋の壁を叩く音がした。
「うるさいぞ! 何時だと思ってるんだ!」
隣の住人だ。
「すいませーん!」
そう言うと
僕らは顔を見合わせながら
クスクスと声を潜めて笑いあった。

「なんね〜まったく。うるさかねぇ〜
しかたなかね。 じゃ、続きは俺の結婚式で頼むばい。」
君はそう言って笑うと
残っていた缶ビールを飲み干した。


見送らなくて良いと言う君に
「良いよ、どうせヒマだし」と僕。
「羽田まで送るよ」
無理をして明るく言ったつもりが
言葉に詰まってしまった。
「いや、ここで良かよ。 これが今生の別れって訳じゃなか」
「そうだな。 じゃ、せめて駅まで送るよ」

駅までの道を歩きながら
色んな想いが過ぎるのを他所に
『何もこんな日に雨など降らなくたって・・・』
そんな事を僕は考えていた。

君が話す言葉もいつからか上の空だった。
涙をこらえるのに精一杯だったから・・・


「ありがとう」
君はポツリとそう言うと
「じゃあな。 ここでな・・・」
「ああ、元気でな・・・」


それから間も無く
僕も北海道に戻って就職をした。


あれから3年。
年賀状と暑中見舞いの君の文字は
相変わらず豪快で
お世辞にも上手いとは言えなかったけど
昔のままの優しさが溢れていた。
まだ、君を結婚式には呼べそうもないけど
僕は君の事を思い出す度に
サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」を口ずさむんだ。



















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