バ ト ン







夏の県大会の決勝戦。
九回裏ツーアウトランナー二塁三塁。
確かにピンチではあったが
ここを押え切れば五対四で僕達は勝ち
初めての甲子園出場が決まる。
アウトは後ひとつだ。

相手の代打は背番号十五。
多分、控えの三年生選手だろう。
そう三年生にとっては最後の夏。


背番号十五が強振したボールは
ボテボテのゴロとなって
ショートの僕の前に転がって来た。

『よし、もらった!甲子園だ!』

僕が一塁に投げたボールは
無情にも一塁手の伸ばしたグラブの先をかすめ
一塁側のファールグラウンドを転々と転がった。

相手チームの歓喜のガッツポーズと
ブーイングの混ざった大歓声の中
僕達の、先輩達にとっては最後の夏が終わった。



それから一週間後。
部室で三年生の引退式が行われた。
式はつつがなく予定通りに終了し
部室を出て行く先輩達を僕達後輩は涙で見送った。

最後の一人が出て部室のドアが閉まった瞬間
僕は矢も楯も堪らずに先輩達を追いかけた。


「先輩!」

「おう、どうした?」

僕の方に振り返ると笑顔で元主将が訊いた。

「先輩、俺・・・すみません、俺のせいで・・・」

「なんだ、そんなことか?
 誰も気にしちゃいないさ。なぁ?」

元主将は周りの三年生を見渡した。

「あぁ、もちろんだ。お前のせいじゃない」

「打たれたのは俺だしな」

頭を掻きながら元エースも苦笑いで言った。

「そうそう、野球は一人でやるもんじゃねぇからさ」

他の三年生も口々に僕を擁護してくれた。

「でも・・・」

僕は半べそで、それ以上声にならなかった。
元主将が言葉を続けた。

「まぁ、すぐに忘れろと言っても無理かも知れないけどさ。
 でも、俺達は本当に気にしちゃいないんだ。
 むしろお前には感謝しているよ。
 お前が準決勝で決勝打を打ってくれたお蔭で
 初めて決勝戦に出られたんだ。
 たまに県大会に出てもせいぜい二回戦が良いとこで
 ベスト八にもなったことが無かった俺達を
 お前が決勝戦まで連れて行ってくれた。
 打つ方だけじゃない。
 お前のファインプレーで何度助けられたことか。
 なぁ?」

「あぁ、俺が作ったピンチを何度も救ってくれたよな?」

元エースが笑顔で答えた。

「お前との三遊間は守り易かったぜ」

元三塁手も笑顔で言った。

「・・・」

俯いたままの僕の肩を元主将が優しく叩いた。

「俺達の夢はお前に託したんだからな」

「先輩・・・でも、俺なんかで本当に良いんですか?」

僕は元主将から次期主将を指名されていた。

「お前で、じゃない。お前が良いんだ。
 お前は選手として上手いだけじゃない。
 お前は二年生になってからも最後までグラウンドにいたよな?
 一年生が用具を片付けてグラウンドを整備している間もだ。
 それから仲間にも後輩にも良く声を掛けていた。
 それはそれだけ周りが見えているってことだ。
 そしてお前は今回、悔しさを知った。
 お前達はこれからまだまだ一回りも二回りも大きくなるさ。
 そして俺達が叶えられなかった夢をきっと実現してくれる」

「あー、プレッシャーをかけている訳じゃないからな」

元エースがニヤリとしてフォローを入れた。
それに頷きながら元主将は続けた。

「例え、来年が無理でもお前の魂はきっと後輩に引き継がれていく。
 そして、いつか俺達みんなの夢は必ず叶うのさ」

「その時は何処に居ても必ず甲子園に駆けつけるぞ」

「あぁ、俺もだ」

「そりゃ、行かん訳にはいかんよなぁ〜」

「なんでそれダジャレか?」

「違うって」

「あはは」


僕は涙を拭って
手を振って去って行く先輩達に何度も頭を下げた。
謝る為じゃない。
溢れるほどの感謝と
先輩達の想いを確かに受け継いだ証としてだ。



誰もが甲子園に出られる訳じゃなくて
誰もがヒーローになれる訳でもない。
僕達は平凡なただ野球が好きなだけの高校生だ。
しかも、レギュラー、補欠を問わず
高校野球の選手でいられる時間なんて
実質はせいぜい二年数か月だ。

この時間は人生の中で見たら
ホンの僅かな時間に過ぎない。
でも、その僅かな時間の中に凝縮されたそれぞれの想いは
次の世代へと代々受け継がれていく。
日々の練習の中で汗として涙として
そして、それ以上にたくさんの喜びとして。
たくさんの想い出として。


あれから一年。
先輩達の夢を受け継いだ僕達の夏が今、始まる。


『プレイボール!』





































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