盆 参 り








「ねぇ、たかちゃん。
 今度の休み、空いてる?」

「ん? 何かあった?」

「うん・・・あのね・・・」

「何だよ? 春美らしくないなぁ〜」

「あのね、お盆でしょ?
 お父さんのお墓参りに行きたいんだけど
 たかちゃんも一緒に来てくれないかなぁ〜?」

「お父さんの墓参り?
 あぁ、そりゃもちろん行くよ。
 でも、俺が行っても良いのか?」

「うん。 来て欲しいの」


春美とは俺が大学2年の時にバイト先で知り合って
それから半年後、俺達は付き合うようになった
その時春美は高校3年生だった

気が強くて、そのくせ泣き虫で
でも、良く気が付いて
特別美人って訳でも可愛いって訳でもなかったけど
俺は春美といると何だかホッと出来たんだ


それから3年
俺は社会人1年生になった

春美は高校を出てすぐに就職をしたから
社会では春美の方が先輩だ

貯金も多分だけど春美の方がたくさんしている
その辺は片親で育ったせいか
年下のくせに俺よりははるかにしっかりしていた


付き合って3年にもなると
まして、お互いが社会人になって
普通なら
そろそろ結婚なんて事も考えるようになる頃合いだろうか

春美も口には出さないけど
何となく
言葉の端にそんなニュアンスが感じられる事もあった

そんな矢先の墓参りの誘いだった


俺も結婚をするなら春美しかいないと決めていた
でも、社会人1年生の俺は会社でもまだまだ半人前で
これから仕事をたくさん覚えていかなければならない時だ

その上、貯金も自慢じゃないけど無い
婚約指輪だとか結婚指輪さえ買う余裕も無ければ
式を上げるお金だって全然溜まっていなかった

だから、結婚はするにしても
後2〜3年は仕事を頑張って早く一人前になって
その間に何とか貯金もしたいと思っていた


「結婚はその後だよな・・・」

「えっ? 何か言った?」

「あっ、いや。 何でもないよ。
 そういやさ。 お父さんのお墓って何処だっけ?」

「T町よ。 前に鍾乳洞に行ったじゃない?
 そこの少し手前を山の方に入った所」

「そっか、じゃ何時に迎えに行けば良い?」


次の休み
俺は春美を家に迎えに行って
それからT町に車を走らせた

だいたい1時間弱のドライブだ


「そう言えばさ。
 春美のお父さんっていつ亡くなったんだっけ?」

「私が5年生の時。 ずっと入院してたんだ。
 だから、あんまりお父さんと何処かに行ったとか
 何をしたとかって想い出が無いんだよね。
 いっつもお父さんに会うのは病院だった・・・」

「そっか・・・」


春美はお父さんが亡くなってからは
お母さんと2歳下の妹と3人暮らしをしていた

高校生でバイトをしていたのも
進学をしなかったのもそう言う理由からだったと思う


「私、頭悪いから勉強あんまり好きじゃないんだよね」

そう言う春美が実はものすごい読書家だと言うのは
だいぶ後で分かった事だった


「あっ、そこ! そこの信号を左に曲がって」

「あいよ」

「そうそう! あの先にお墓の入り口の看板が見えるから」


墓地の駐車場に車を停めると
俺達は遊歩道のような緩やかな坂道を上っていった

春美は途中で買って来た花束と
家から持ってきた
ろうそくと線香の入った買い物袋を提げて歩いていた

俺はその後について歩いていた

「俺がひとつ持つよ」

そう言うと春美は

「良いの。 これは娘の仕事なの」


10分ほど歩くと丘の上の墓地にでた


「あー、キレイな所だね」

「でしょ? 眺めは抜群よ」

「でも、同じようなお墓ばかりだから迷うね」

「そんな訳ないじゃない。 ちゃんと分かるよ。
 さぁ、着いた!
 お父さん、来たよ。
 しかも、今日はスペシャルゲストさん付きで〜っす」

「あはは、俺はスペシャルゲストさんですか?」

「そうよ。決まってるじゃない?
 そうだ、ちょっと待ってて。
 今、水を汲んで来るから」

「あっ、良いよ。 俺が行くよ。
 春美はお父さんと話をしてなよ。
 何処に行けば良い?」

「そう? ごめんね。
 あそこの東屋に桶と柄杓があるの。
 じゃ、お願いするね」


水を汲んで戻るとお墓の前で春美は手を合わせていた


「汲んで来たよ」

「あっ、ありがとう」


春美は桶と柄杓を受け取ると柄杓で桶の水を汲み
お墓にそっとかけた

「たかちゃんもかけてくれる?
 お父さん、喜ぶわ」

「喜んでくれるかなぁ〜?
 お前は何処の馬の骨だ!って怒るかもよ」

「あはは、そんな事は無いよ。
 私の選んだ人だもの」

「だと良いけどね」

「絶対そうなの!」


ひとしきり、お墓に水をかけてタオルで拭いたあと
花挿しに水を入れると
持ってきたろうそくを立てて、線香に火を点けた

風に揺れて線香のラベンダーの香りが
二人を包み込んでいた


それから二人はお墓の前に並んでしゃがむと
手を合わせてお参りをした


『お父さん。
 俺は正直、まだまだ社会人として半人前で
 春美を幸せに出来る自信はありません。
 でも、約束します。
 後、2〜3年して俺が一人前になったら
 春美と結婚をして絶対幸せにしますから。
 だから、俺達の事を見守っていてください・・・』


「ねぇ? 何をお参りしたの?」

「えっ? 何が?」

「もう! 何がじゃないわよ。
 お父さんと何を話したのかなって」

「あー、お父さんとね。
 したよ、いっぱい。」

「ねぇ? 何て言ったの?」

「お父さん?」

「違うわよ、たかちゃんが!
 もう、相変わらずたかちゃんて意地悪よね。
 良く、お父さんの前でそんな意地悪が出来るもんだわ」


春美は少し拗ねた風で口を尖らせた


「あはは、お父さんにね〜
 春美の気が強いの何とかなりませんか?
 って、お願いしたよ」

「もう、ひどい!」

「そしたらね。 それは済まなかったって」

「お父さんがそんな事を言う訳ないでしょ」

「いやいや。 で、身に覚えは?」

「・・・あるけど。
 もう! 本当に今日はいつにもまして意地悪だわ!」

「あはは。 そしたらね」

「そしたら?」

「春美はこんな奴だけど
 根は素直な良い子で寂しがり屋だから
 よろしく頼むって言ってたよ」

「もう・・・こんな奴は余計よ」

「だって、お父さんがそう言ってたんだも〜ん」

「もう・・・」


春美は俺にしがみつくと
俺の胸に顔を当てたまま声を震わせた


『お父さん、約束します。
 絶対、春美を幸せにします。
 もう絶対春美を俺の前で泣かせませんから』



言い訳をすれば

あの時

彼女のお父さんのお墓の前で約束した事は
あの時の俺にとっては嘘偽りの無い気持ちでした


しかし・・・

その年の冬
ちょっとした行き違いから
売り言葉に買い言葉で決定的な溝を作ってしまい
俺達は別れる事になりました

若かった二人は
それを修復させる術を知らなかったのです


結果として
私は大嘘つきになりました


あれから28年

お互いに別な人と出会い
結婚をして家庭を作り
それなりに幸せな毎日をおくっています

でも、毎年この時期になると思い出します

その度
今でも胸の奥がチクリと痛むのです
































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