Heart Ache

(ハート・エイク)





「ねぇ、もし・・・
 もし、明日で地球が終わりだとしたら
 最後の夜、あなたは誰と過ごすのかしら?」


タンブラーが落とした水滴で
君はテーブルに
何かを書いては消してを繰り返していた

しかし
その視線はテーブルを見てはいない

ネオンと街の灯りを映す
カフェの大きな窓ガラスをすり抜けて
何処か遠くを見ていた

そして、ふと
俺を振り返ると君はそう言った



短くなったタバコを灰皿でもみ消すと
手持無沙汰の指が次の獲物を探す

そして見つけた空になった珈琲カップを
弄ぶように回しながら
俺はその答えを考えていた

いや
正確に言うと答えでは無くて
どうやって言えば君が納得するのか
どう言えば
その問いかけを終わらせる事が出来るのか
それだけを考えていた



「ずるい人ね」

俺の心を見透かしたように君は言った


「あなたはいつもそう
 他人を傷付けないようにしようとしてるんだろうけど
 そんなのちっとも優しくない
 ううん、他人を傷つけたくないんじゃなくて
 本当は自分が傷つきたくないだけ」

「そんな事はないよ」

「それじゃ答えて」

「君と過ごしたいと思うよ」

「嘘」

「いや、嘘じゃないさ」

「そうね・・・嘘じゃないのよね?
 ただ、そう思っていてもそれが出来ない人なんだわ」


俺はそれ以上答えを返せなかった



帰る家も護るべき人もいる中で
ただ心の隙間を埋めたい為だけに君を愛した

「都合の良い女になるなよ」

そう言いながら
君が都合の良い女でいてくれる事に甘んじていた


「明日で地球が終わるとしたら・・・」

心の中では君といたいと思いながら
結局はそうは出来ないであろう自分

そうだね
君の言う通りだ



あれから五度目の秋

信号待ちのスクランブル交差点
ふと視線を左に向けると
あのカフェの大きなガラス窓の向こうに
楽しげに語り合う二人が見えた

あれはあの夜の二人?

小さな棘が胸を刺して否定をする


『お前が答えられなかったんじゃないか』

『違う、そんなつもりじゃなかったんだ』

『でも、結果的にはそうだったんだろ?
 同じ事さ』

『いや・・・』

『ほら、今だって
 ちゃんと答えようとしていないじゃないか』


やがて信号が変わり
人の波に押されるように俺は歩きだした

あの夜と同じように


もし
あの時振り返っていたら
君は
俺が戻って行くのを待っていてくれたのだろうか































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