七夕ストーリー  第5話 〜prologue 〜


星飾りの樹  《 伝説編 》







昔々
未だ神々が天界と地上を行き来していた頃の話


天界を治めていた神々の王ウラノスは
息子であるクレイオスに
神の子たる人間達に知恵を授け
地上を豊かな楽園にする事を命じていた

しかし

知恵のついた人間達は
神の教えに背き
次第に争い事を好むようになっていった

その事態を憂いたクレイオスは
人間達の前で何度も奇跡を起こしては
信仰心を芽生えさせる事で
人心を立ち直らせようとしたが
地上から争いが無くなる事は無かった

それどころか
人間達に知恵が付くにつれ
新しい武器を次々と作るようになって
ますます、その争いは激しさを増していった



とある村にペルセフォネと言う名の
とても信仰心の厚い娘がいた

ペルセフォネは春には花を育て畑を耕して
収穫の度にいつも神への感謝を忘れず
たくさんの供え物をしていた

クレイオスは
そんなペルセフォネをたいそう慈しみ
毎年、春になると
新しい花の種や果樹の苗を
天界から持ち帰っては
ペルセフォネに与え育てさせていた



ある年の事

ペルセフォネの村にも戦火が及び
恋人のハーデスも兵士として駆り出され
そして、やがてハーデスは戦場で亡くなった

ペルセフォネは嘆き悲しみ
絶望の淵を彷徨ったあげく
失意の中で
自らの命を絶とうと
ハーデスの形見の短剣を
今まさに自分の胸をめがけて振り下ろそうとしたその時
何処からともなく声が聴こえた

「ペルセフォネよ、待つのだ!」

「えっ? 誰?」

「ペルセフォネよ、良く聴くのだ。
 7の月の7回目の夜にあの東の山を登り
 天の川と海の両方を見渡せる場所を探すが良い。
 その場所には1本のユグドラシルの樹が立っている。
 天の川の星を100個集めて
 願いを込めてユグドラシルの樹に飾るが良い。
 そうすれば、お前の願いは必ず叶うであろう」

「でも、どうやって?
 私はただの人間です!
 天の川の星を取る事など叶うはずもありません!」

「お前の願いが本物であるなら
 願いは必ず叶うであろう。
 ペルセフォネよ、自分を信じるのだ」



それから38日後
7の月の7回目の夜がやってきた

ペルセフォネは言われた通りに
東の山に向い暗い夜道を上って行った

幾度も迷いかけながらも
やがて5つ目の林を抜けると
天の川と海の見渡せる広い丘に出た

「ここだわ」

見ると
その丘の中央には天まで届くような
大きなユグドラシルの樹が立っていた


「でも、どうしたら良いの?」

空には眩いばかりの星達が大きな川を作っていた

しかし
ペルセフォネがいくら手を伸ばしても
星には届くはずもなかった

「ダメ! 無理よ・・・やっぱり無理・・・」


ペルセフォネが諦めかけた時
再びあの声が聴こえた

「ペルセフォネよ、自分を信じるのだ。
 真の願いをその手に込めるが良い」

不思議な事にその声は
目の前の大きなユグドラシルの樹から聴こえた気がした


ペルセフォネは目を瞑ると
ハーデスとの楽しかった日々を想い出した

「ハーデス・・・愛しい人
 もう一度、逢いたい・・・」

ペルセフォネは跪くと
両の手を胸の前で重ね
何度も何度も強く祈った

「ハーデス・・・
 もう一度あなたに逢えるなら
 他にも何も望みません・・・
 ハーデス、もう一度だけ・・・」


すると重ねた手が
だんだんと暖かくなってくるのを感じた

その瞬間
重ねた両手の隙間から幾筋もの光が洩れ出した

その光に導かれるように
天の川から無数の星達が
ペルセフォネを目がけて降って来たかと思うと
やがて大きな光がペルセフォネを包み込んだ


ペルセフォネがそっと重ねた手を解くと
そこには無数の眩い”光”があった

「ほ・・・し・・・?」


すると、また”あの声”が聴こえて来た

「ペルセフォネよ
 その星達に想いを込めて樹に飾るのだ」


ペルセフォネは
その光のひとつ、ひとつに有りっ丈の想いを込めて
ひとつひとつ丁寧にユグドラシルの樹に飾っていった

「ハーデス・・・」


やがて100個目の星を飾り終えた時
ペルセフォネの足元の地面が裂けたかと思うと
黄泉の国の扉が開いた

「さぁ、早く迎えに行くが良い!
 早くせねば扉が閉まってしまうぞ」


真っ暗な黄泉の国へと続く道を
ペルセフォネは夢中で駆け降りた

手に残ったいくつかの星達が
行く先を照らしてくれていたのだ


途中、いくつかの分岐点があったが
星達が導く方へと迷わずに走って行けた


どれだけ走っただろう

目の前の暗闇に青白く光る人影が見えた


「ハーデス・・・?」

「おー! ペルセフォネ!」

「あぁ、ハーデス!
 逢いたかった!
 どれだけ逢いたかったか・・・」

「ペルセフォネ!
 本当に君なんだね?
 でも、どうしてここへ?」

「不思議な”声”が教えてくれたの」

「ペルセフォネ!」


二人はお互いを抱きしめ合った

「あぁ、本当にハーデス、あなたなのね!」

「ペルセフォネ!」

「そうだわ!
 ハーデス、早くここを出ましょ!
 早くしないと扉が閉まってしまう!」


二人は手を取り合って暗闇の中を
地上に向って懸命に走った

「ペルセフォネ、早く!」

「あぁ、ハーデス!
 もう二度とこの手を離さないで!」


来る時と同じく
星達が道を照らしていたが
次第にその光は弱々しくなっていた

「ペルセフォネ、大丈夫かい?」

「えぇ、もう少しだわ
 急ぎましょう!」

やがて、暗闇の先に薄らと明かりが見えてきた

「やった! 地上だ!」

「あぁ、神様!」

二人が地上に戻ったのを見届けたかのように
黄泉の国の入り口が閉じていった


二人が見上げた空には満天の星達と
キラキラと輝く天の川があった


「あっ、そうだわ!」

ペルセフォネが両手を拡げて見ると
そこには既に光を失った星達が幾つか残っていた

「星さん達、ありがとう!
 あなた達のお陰で
 こうしてハーデスともう一度逢える事が出来たわ。
 本当にありがとう。
 でも・・・もうあなた達は天の川には帰れないのね。
 ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」

ペルセフォネは感謝の涙を流した

その涙が掌に残された星達に落ちて
キラリと光ったかと思うと
その瞬間
天の川から再び無数の光が
ペルセフォネを目がけて降って来た

その光の帯に引き寄せられるように
星達はペルセフォネの手を離れて空へと帰って行った

「ありがとう! 本当にありがとう!」


その時

ユグドラシルの樹に飾られた99個の星達も
樹を離れ光の帯に乗って天の川に帰って行った

最後に1個残っていた星が
二人の周りを二度、三度回ったかと思うと
あの”声”がまた聴こえた

「ペルセフォネよ
 全てはお前の清い心が成した事なのだ。
 その気持ちを決して失う事無く、疑う事無く
 いつまでも持ち続けるのだ」

「あっ、あなたは・・・?」

「私は時にユグドラシルの樹に宿り
 時に空の星達の姿を借りて
 時には風に身を変えて
 いつもお前達の傍にいる者だ。
 お前達が信じる限り
 いつでもお前達の傍にいるであろう」

その星はそう言うと
消えかけていた光の帯に吸い込まれるように消えて行った


「神様・・・」

ペルセフォネとハーデスは
夜空に煌めく天の川を見上げると
何度も何度も感謝の祈りを捧げた



ペルセフォネとハーデスは
村に戻って結婚をし
二人はその後も末永く幸せな日々を暮らした

しかし
ペルセフォネとハーデスが感謝のお供えをしようと
その後何度もあの山に登り
あの丘とあのユグドラシルの樹を捜したが
それは二度と見つける事は出来なかった

そこで二人は
毎年7の月の7回目の夜になると
星を飾る代わりに
短冊に祈りと感謝の気持ちを書いて
あの山から切り出した樹に飾った


この話が
『星飾りの樹』の伝説として
いつか世界中に広まっていった

やがて中国から日本にも風習として伝わり
それが七夕飾りの始まりとなった

7の月の7回目の夜に
願いを書いた短冊を飾ると
いつかその願いは叶うと言う・・・







(作者注)

これらの話は作者の創作であり
いかなる神話や伝承、伝説とも関係はありません






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