七夕ストーリー 第5話


星飾りの樹  《 現代編 》








「ねぇ、お兄ちゃん、待ってよ!」

「香織、早くしろよ! 置いて行くぞ!」


少年と少女は夜の道を自転車を漕いで駆けていた

少年の家から普段は行かない東の山の方に向かって


どのくらい走っただろうか
やがて山の麓に近づいた頃
息を切らしながら少女が言った

「ねぇ、お兄ちゃん、まだ?
 もう疲れたよ」

「頑張れ! もう少しだ!」

少年の息もだいぶ荒くなっていた

無理も無い
家を出て30分
ずっと全速力で自転車を漕いでいたのだから


「ねぇ、本当にお母さんに会えるの?」

「あぁ、会えるさ。
 この前、見つけたんだ。
 本で読んだ願いが叶う樹をね」



それは2週間ほど前の事だった

少年が学校から帰ろうとしていたら
友達数人から呼び止められた

「なぁ、達彦、
 これから東の山に探検に行くんだけど
 お前も行かないか?」

「山?
 危ないから行っちゃダメだって先生が言っていたぞ」

「なぁに、みんなで行けば平気さ。
 兄貴が言ってたんだけど
 すごい見晴らしの良い場所があるらしいぜ。
 上手くいけば、俺らの秘密基地に出来るかも。
 なぁ、一緒に行こうぜ」

「うん・・・そうだな。
 なんだか、面白そうだもんな」

「良し、決まりだ!
 それじゃ、20分後に自転車に乗って学校に集合な!」



少年達は東の山へと自転車を走らせた

そして、麓に自転車を置くと
山道を登って行った

「なぁ、本当に大丈夫か?」

「あぁ、任せとけって」

「お前、来た事あるのか?」

「いや、無いけど
 でも兄貴にちゃんと聞いてきた」

「大丈夫かよ?
 道に迷ったりしないかなぁ〜」

「なぁに、みんなはぐれないようにしてれば大丈夫さ」

「なぁ、後どのくらいだ?」

「ん〜 麓から30分くらいって言ってたけど・・・」

「何だよ、頼りないなぁ〜」

「さぁ、とりあえずここまで来たんだ。
 もう少し頑張ろうぜ」


どのくらい歩いただろう

やがて、薄暗い林を抜けると
突然視界が開けて広い原っぱに出た

「おー!」

「ここか?」

「すっげー!」

少年達は一斉に歓声を上げた


そこからは
少年達の街も遠くの海も見事なくらい一望が出来た

みんなはめいめいにはしゃぎ回っていた

「よし、ここを俺らの秘密基地にしようぜ!」

「うん、でも大人には内緒な!」

「そうだ、そうだ!」


少年は景色よりも
さっきから原っぱの真ん中にそびえている
大きな1本の樹の方が気になっていた

「なんだろう?
 こんな景色・・・何処かで・・・」

少年がその樹の根基を何度も回り込みながら考えていた

そして
少年はいつか読んだ昔話を思い出した

「これだ! この樹に間違いない!
 ここで願い事をしたらお母さんに会えるぞ!」




「ねぇ、まだ?」

「よし、ここからは少し歩くぞ」

「ねぇ、お兄ちゃん、怖いよ」

「俺がいるから平気だ」

「でも・・・」

「お前、お母さんに会いたくないのか?」

「会いたい・・けど・・」

「何だよ、じゃ、俺一人で行くからな!」

「あっ、待ってよ、お兄ちゃん!」

「良し、行くぞ!」


少年は少女の手を取ると
暗い山道を登って行った

だんだんと周りはうっそうと茂った林になっていった

いや、林と言うよりは森と言った方が正しいかも知れない
暗い山道がいっそう少女を不安にさせた

「ねぇ、お兄ちゃんまだ?」

「もう少しだ、頑張れ!」

「ねぇ、お兄ちゃん、怖いよ」

少女は今にも泣きそうだった

「大丈夫だ、お兄ちゃんがついてるさ。
 さぁ、手を放すなよ」

「お兄ちゃん、本当にもうすぐ着くの?」

「あぁ、もうすぐだ。
 だから、頑張れ!」


本当は少年も不安になっていた

前に一度だけ来たきりだ
しかも、今度は夜
辺りの風景も前の時とはまるで違って見えた

『確かにこの道に間違いはないはずだ。
 もうすぐ着くはずなんだけど・・・』


その時
少女は足元の石に躓いて倒れた

「あっ、痛い・・・お兄ちゃん、痛いよぉ」

「どうした? 擦り剥いたのか?
 何処だ? ここか?」

少年は持っていたハンカチを細長く折りたたむと
少女の膝の傷口に当てた

「我慢しろ、もう少しで着くから」

「う、うん・・・」


少年は焦っていた

『ここまで来て引き返せない。
 だって、今夜は・・・今夜しか無いんだ!』


それから又
少女の手を取ると少年はすぐに歩き始めた

『頑張れ!』

そう少女を励ましていたのは
実は不安な自分への叱咤だったのだろう

少年は何度も何度も心の中でそう呟きながら
少女の手をしっかり握って夜道を歩き続けて行った


それから15分も歩いた頃
林を抜けるといきなり満天の星空の下に出た

「ここだ! 着いたぞ!」

「ホント? ねぇ、何処?」


眼下には少年達の住む町の灯りが煌めいていた

そして遠くには灯台の灯りと
その向こうには漁船の漁火だろうか

水面で細長い光がゆらゆら小さく揺れていた

それより何より
見上げた空には満天の星と光の帯

天の川だ


少年はしばしその光景に見とれていた

「ねぇ、お兄ちゃん! 何処? この樹で良いの?」

少女の声にふと我に還った

「あっ、あぁ・・・ そう! この樹だ!」


原っぱの真ん中に
見上げてもてっぺんが見えないくらい
大きな樹が1本立っていた

その大樹は
まるで天まで届きそうなくらい大きく見えた


「すごい・・・大きいね」

「あぁ、凄いだろう?」

そう言いながらも少年はふと思っていた

『この前、来た時はこんなに大きかったかなぁ〜』


「ねぇ? ねぇ、お兄ちゃん!」

「あっ、そうだ!
 香織、短冊を出すんだ」


少女は背負っていたリュックサックを降ろすと
中からビニール袋を取り出した

「お兄ちゃん、これ」

「よし、結ぶぞ!」

「でも、どうやって?
 枝に届かないよ」


確かに一番下の枝でも大人の背丈くらいはあった

小学生の少年と少女には
背伸びをしても届かない高さだった


「よし、俺が肩車をするから
 お前が枝に付けるんだ」

そう言うと
少年はビニール袋を少女に持たせると少女を肩車した


「どうだ? 香織、届くか?」

「うん、ちょっと待って・・・
 あっ、お兄ちゃん。
 もう少し前に行って!」

少年が少し前に歩くと

「あっ、お兄ちゃん、ストップ!」

「大丈夫か?」

「うん、ここで結ぶわ」


少女はビニール袋から
星型に切り取った短冊を取り出すと
樹の枝を下に引っ張りながらひとつひとつ結んでいった

「お兄ちゃん、今度はもう少し前」

「よし!」


少しづつ前に進みながら
少女はひとつひとつ丁寧に短冊を結んでいった

『神様、お願いです!
 ひと目で良いからお母さんに会わせてください』

そう願いを込めながら・・・



「どうだ?」

「うん、大丈夫。
 お兄ちゃんは大丈夫?
 疲れた?」

「いや、大丈夫だ」


本当はもう少年はふらふらになっていた

無理も無い

30分以上自転車を走らせて
そのまま山道を歩いて来たのだ

小学生の体力を考えると
もう限界をはるかに超えていてもおかしくない

でも、少年は歯を喰いしばって肩車を続けた

『頑張れ! 今夜しかないんだ!』



やがて、大きな樹の周りをほぼ1周した時

「やったよ!
 お兄ちゃん、100個全部付けたよ!」

その声を聴いた瞬間
少年の身体から一気に力が抜けて前に倒れ込んだ

「きゃっ!」

少女は勢い余って
前につんのめって転がった

「い、痛い・・・」

「あっ、ご、ごめん!
 香織、大丈夫か?」

「う、うん・・・大丈夫・・・」



「わー! キレイ!」

樹の下枝に取りつけた金銀の星型の短冊が
まるで空の星の光を反射させているかのように
キラキラ煌めいていた


「お母さん・・・」

その短冊の煌めきに
少年と少女は手を合わせて必死に願っていた

「お母さん、ねぇ、私が見える?」

「神様、お願いです!
 お母さんに会わせてください!」


少年と少女の頬をひと筋の涙が落ちた時
奇跡は起きました


「達彦、香織・・・」

そう呼ぶ声に二人が振り返ると
そこにはお母さんが立っていました

「お母さん!」

「お母さん!」

二人はお母さんに駆け寄りました

「お母さん!本当にお母さん?」

「お母さん! 会いたかったよ〜!」

「達彦、香織ちゃん、お母さんも会いたかったわ」

そう言うとお母さんは二人を抱き寄せました


暖かいお母さんの温もり

それは以前と変わらない懐かしいあの温もりでした


それから少年と少女は
お母さんを真ん中に挟んで樹の根基に座りこむと
代わる代わるに学校であった事

「ねぇ、ねぇ、お母さん、あのね」

少女が算数のテストで100点を取った事とか
少年が野球部のレギュラーになった事や
仲の良かった友達が今度転校しちゃう事とか
それから
お父さんが相変わらずタバコを止めていない事
家で飼ってる犬のメリーに赤ちゃんが出来た事
休む暇もないくらい夢中で話し続けました

お母さんはそんな二人の肩を
優しく抱きかかえるようにしながら
優しい微笑みを浮かべて
嬉しそうに二人の話を聴いていました


すると突然、少女が言いました

「ねぇ、お母さん!
 このままお家に帰ろうよ。
 ねぇ? ねぇ? 良いでしょ?」

お母さんは悲しそうな微笑みを浮かべながら
そして、言いました

「香織ちゃん、それは出来ないの」

「どうして? お母さんの家だよ?」

「お母さん、お願い! 一緒に帰ろうよ!」

少年も目に涙をいっぱい溜めながらお母さんに言いました

「お母さん、だって・・・だって・・・」

少女の目にも大粒の涙が溢れています


「達彦、香織ちゃん、良い? 良く聴いてね?」

「お母さん・・・」

「お母さんはもう死んだの。
 だから、達彦や香織ちゃんとは一緒にはもう暮らせないのよ」

「そんな事ないよ!
 だって、こうして戻ってきてくれたじゃないか!」

少年は言い返しました

「それはね、あなた達の願いを神様が聞いてくれて
 それで、少しの時間だけ帰してくれたの。
 だから、いつまでもここにはいられないの・・・」

そう言うとお母さんの目からも
大粒の涙が溢れだしました

「お母さん!」

「お母さん、どうしてもダメなの?」

「お母さん! 一緒に帰ろうよ!
 ねぇ、お母さん! お母さん!」

「ごめんね・・・」

そう言うとお母さんは
もう一度、二人を強く抱き締めました

「お母さん・・・どうしても?」

「達彦、香織ちゃん・・・ごめんね、ごめんね・・・」

「じゃあさ、また・・・
 また、来年会える?
 ねぇ? それなら良いでしょ?
 私、良い子にしてるから!
 ねぇ? 来年までガマンするから!」

少女はお母さんにしがみつくとそう言って泣きました

「ねぇ? お願い・・・また、会える?」

「香織ちゃん、良い? 良く聴いてね?
 お母さんは死んじゃったけど
 でも、いつも達彦や香織ちゃんのすぐ傍にいるのよ。
 あなた達がいつも元気でいつも笑顔でいられるように
 いつもあなた達の傍で見守っているの。
 見えないかも知れないけど
 でも、あなた達には感じられるはずだわ。
 そう思った事ない?」

「うん、なんかね・・・
 寂しくて泣いてる時とか
 眠っている時に不思議と温かい気持ちになった事があった」

「僕も!」

お母さんは優しく微笑むと

「そうよ。 だからもう泣かないで。
 あなた達が悲しむとお母さんも悲しくなるの。
 あなた達にはいつも元気でいて欲しいの。
 いつもたくさん笑って、たくさん頑張って
 そんな姿を見てるとお母さんも嬉しくなるのよ。
 だから、約束してね。
 お母さんに会えなくても元気で頑張るって」

「うん、約束する!」

「・・・私も・・・する・・・」

「お母さんは絶対あなた達の事は忘れないからね」

「お母さん!」

「お母さん、私も忘れないよ!」

「ありがとう。
 お母さんはずっと幸せだったのよ。
 お父さんや達彦や香織ちゃんといつも一緒だったから」

「メリーも一緒だよ!」

「そうね、みんな一緒ね」



それからどのくらい時間が経っただろう


「おい、達彦! 香織! 大丈夫か?」

そう言われる声に目を覚ますと
そこにはお父さんとメリーの姿が見えた

メリーは嬉しそうに二人の頬をぺろぺろ舐めだした

「よせよ、メリー。 くすぐったいよ」

「あはは、だけど、いったいどうしたんだ?
 お父さんは心配したんだぞ」

「あのね、お母さんに会ったの」

「本当だよ! お母さんとたくさん話しをしたんだ!」

「あぁ・・・」

「ねぇ、嘘じゃないよ! 本当なんだ!」

「あぁ、分かってるよ。
 お前達は嘘をつくような子じゃないからね。
 信じてるさ」


そう言いながら
お父さんは大きな樹の枝に下がっていた星型の短冊を見ていた

「あれはどうしたんだ?」

「あのね、七夕の夜に願い書いた短冊を100枚
 星飾りの樹に下げて願うと願いが叶うんだよ」

「星飾りの樹? この樹がそうなのかい?」

「そうだよ! 前に本で読んだんだ。
 それで、二人で星型の短冊に願い事を書いて
 この樹に下げたんだ。
 で、お母さんに会えたってわけ。
 本当だよ」

「へぇ〜 そいつは残念だったな。
 お父さんもお母さんに会いたかったな」

お父さんは微笑みながら言った


「そっか、そうだったんだ・・・」

そう言いながら
お父さんはその樹の幹を優しく撫でた

「あっ、ごめんなさい。
 お父さんに言ったら怒られると思って・・・」

「あはは、良いさ」

「でもね、お母さんが言ってたよ。
 見えなくても、ずっと僕達の傍にいてくれるんだって」

「そっか、そうだな。
 きっと、今もすぐ傍で見ていてくれてるかもな」

「お父さん、怒らないの?」

「あぁ、怒らないよ。
 でも、お前達の部屋に様子を見に言ったら
 お前達がいなくてさ。
 焦ったよ。
 心配してオバサンの家とか友達の家に電話をしたんだぞ。
 そしたら、友達の一人が『もしかしたら』って教えてくれたんだ。
 前に山に行った時に達彦が一人で変な事を言ってたってさ。
 それで、もしかしてって探しに来たんだ」

「ごめんなさい・・・」

「あぁ、でも無事で良かった。
 本当に心配したんだぞ。
 これからは冒険をするなら昼間にしてくれよな。
 でも、お母さんに会いに行くなら
 今度はお父さんも誘ってくれよ、絶対だぞ」

そう言うと
お父さんは二人の肩を抱き寄せて笑った

肩を抱いたお父さんの温もりは
お母さんと同じ温もりがした

「お父さん・・・」


「さてと、そしたら帰るか。
 お母さんも一緒に来るかい?」

お父さんはその樹の幹にそっと手を触れると
まるでお母さんの肩を叩くようにポンと叩いた

「ほんと? じゃ、みんな一緒だね!」

「よし、暗いからな、ちゃんと足元を良くみて歩くんだぞ」

「ねぇ、手を繋いでみんなで帰ろ♪」


満天の星に照らされて
メリーと
手を繋いで歩いている4人の影が夜道に優しく揺れていた









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