故郷の空の下








中学の野球部、最後の夏の大会

一回戦でボロクソに負けた試合の後
学校に戻った僕達は
グラウンド脇の原っぱに寝転がって
みんな何も言わず、何も言えず
ただ寝転がって空を見ていた

互いの顔を見たら泣いてしまいそうで
ただ悔しくて、ただ情けなくて
堪えた目に空の青がやけに眩しかった

流れる白い雲
風に踊るトンボの群れ

何年経っても僕達はこの空を忘れないだろう



「負けたと先に思ったもんが負けるんだ」
って

「潔く散るのがカッコ良い事なんかない。
 みっともなくたって生きた方が勝ちなんだ」
って

それが口癖の監督歴45年のじっちゃん監督
先生をとうに定年になった後も
僕達の学校の野球部の監督をしていた

筋金入りの頑固者

元零戦の戦闘機乗りだったか何か知れないけど
そんなのは今時流行らないと
反発ばかりしてた15の僕達


「お前ら、
 いつまでそんな所で転がってるつもりだ?
 ほら、食え。
 とっとと帰るぞ」

そう言って
紙袋からアイスキャンディーを取り出すと
僕達に差し出した

みんな、ひと言も喋らずそれを食べていた

少し溶けかけた
アイスキャンディーの甘さが心に染み込んで
それまで堪えていた涙が溢れてきて止まらなかった


「もう、お前らと野球が出来ないんだな」

じっちゃん監督がポツリと言った

その言葉が何だか心に重く響いた

結局、僕達は
一度もじっちゃん監督を勝って胴上げ出来なかった


「監督・・・」

「なんだ?」

「あの・・・」

「なんだ?」

「ごめん・・・」

一瞬、じっちゃん監督の顔が
呆気にとられた顔になって
それから
今まで見せた事がないような
穏やかな優しい顔になった

「いや、謝るのは俺の方だ。
 お前達に何も良い思いをさせてやれなかったな。
 俺の不徳だな・・・すまん」

そう言って
じっちゃん監督は僕達に頭を下げた

「監督!」

みんな口々にそう言って監督の周りに集まった

「違うよ」

「そうだよ、俺達に力が無かったんだ」

「もっと、もっと監督の言う事を聞いて・・・」

それを遮るかのように
じっちゃん監督は言った

「いや、お前達はみんな良い子ばかりだ。
 だけど、勝負をするには優し過ぎたのかも知れん。
 でもな、それは生きていく上では悪い事じゃない。
 そんなお前達と一緒に野球をやれたのは幸せだったよ」

「監督!」

その時、誰ともなく口々に言った

「よし、監督を胴上げするぞ!」

「よっしゃ、ボロ負け記念だ!」

「なんだよ、それ?」

「良いじゃん、何でも記念だべ」

「よし、みんなやるべ!」

「よっしゃ!」


「おいこら、ちょっと待て・・・」

そう言うのも聞かずに
僕達はじっちゃん監督を取り囲むと
めいめいに腕や足や身体を持ちあげた

「いくぞ、せーの!」


じっちゃん監督が青い空に二度、三度と舞った

じっちゃん監督の長い監督生活の中で
ボロ負けで胴上げをされたのは
おそらく、この時が最初で最後だっただろう 
 



忘れ雪が校庭を白く染めた日
卒業証書を丸めてチャンバラごっこ

ふざけあった友達の
今にも泣きだしそうな笑い顔


「お前、A市の高校だっけ?」

「あぁ」

「離ればなれになるな」

「そうだな」

「何だよ、冷たい奴だな。
 もっと他に言葉は無いのかよ?」

いや、言葉が無かった訳じゃない
言葉が出せなかったんだ


「おい、お前ら、何やってんだ?
 もうお前らはここの生徒じゃないんだからな。
 とっとと帰れよ」

「何、先生?
 もしかして
 涙を俺らに見られたくないからでしょ」

「バカ言ってんじゃないよ。
 俺はお前らがいなくなって、せいせいしてんだ。
 早く家に帰って祝杯をあげたいんだよ」

「またまたぁ〜
 先生、無理をしなくて良いって。
 素直に寂しいって言いなよ」

「誰がじゃ!
 とっとと帰れっての!」


口の悪い僕達の担任
いや、今はもう元担任

いつも僕達の事をバカ呼ばわりして
本当に口が悪いんだけど
でも、本当はどの先生よりも
生徒の事を思ってる先生だって僕達は知っている

僕達が
一度、万引き犯に間違われて補導されかけた時も
お店や警察とかけあって誤解を解いてくれた

警察から母親に連れられて家に帰ると
母親がぽつりと言った

「良い先生だね。
 バカなお前達の為に
 あっちこっちで一生懸命に話をしてさ
 おまけに土下座までしたんだって。
 そんな先生は見た事無いって
 おまわりさんが笑ってたわ」


後で先生に訊いたんだけど
一度も僕達を疑わなかったんだって

「バカなお前らが万引きなんて事を
 想い浮かべる訳がないべ」

本当に口が悪い

でも、先生の本当の優しさを僕達はその時知った


「さぁ、帰るかぁ〜
 先生を一人にして思う存分泣かせてやるべ。
 俺らって何て優しいんだべな」

「誰が! あー、せいせいするわ」

「先生、さよなら」

「あぁ、元気でな」


僕達は無言で歩きだした

ふと校門の前で誰ともなく足を止めた


僕達はここを出たら何処に行くんだろう?
ずっと友達のままでいられるだろうか?

希望と不安
でももう校舎(ここ)に僕達の居場所は無い

ふわり落ちてくる雪
見上げて涙隠した忘れられない春の日




小さな頃に遊んだ野山も今はもう
時の流れの中ですっかり変わってしまった

あれから25年

たぶん
僕達はそれ以上に変わってしまったかも知れない

でも、今も変わらないものもある

あの頃は
そんな事なんて考えもしなかったけど
離れて気が付く故郷への想い


”この空の彼方
 続く故郷への道
 いつか辿って帰ろう”

悲しい時
苦しい時
辛い時
いつもそう思って頑張ってきた

遠く離れていても
故郷はいつも心の中にある
帰る場所があるから人は頑張っていける



堤防沿いの道を
懐かしい中学のグラウンドが見える場所まで歩いた

乾いた打球の音
歓声を上げる子供達

それも何も変わってはいない

あの日
あの場所にはじっちゃん監督と僕達がいた


懐かしい風の匂いが薫る5月
もうすぐ今年もあの日と同じ夏がやって来る

故郷の空の下



































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