君 の 花







”桜の頃が過ぎたら
 付き合い始めてそろそろ1年だね。
 その頃までに咲けば良いなぁ〜”


そう言いながら
君は小さな鉢植えをひとつ買った


アパートの部屋の台所の横の小さな出窓に
薄茶色の素焼きの鉢と
白いレースのカフェカーテン

”何か、ここだけ新婚家庭みたいだね”

屈託なく笑う君

確かに
少し視線をズラすだけで
見えるのは殺風景な男の部屋だった

その部屋が
少しづつ君の形跡で色塗られていく

それは決して
心地悪いものじゃなかったよ



”1年って長いよね。
 過ぎてしまえばあっという間だったけど
 それでも色んな事が有ったよね”


君は鉢植えの
小さな苗に水をやりながら言った


ケンカもしたし
仲直りもした

一緒に笑い合ったり
泣いている君を戸惑いながら慰めたりもした

ちょっとすれ違った事もあったけど
それが有ってから
余計に二人の距離も縮まったよね

確かにそう思えば1年って
ひと言で短かったと言える月日じゃないね

そんな事を思いながら
君の事を見ていた春の始まり



桜の頃が過ぎて
季節が初夏の準備を始めた頃


”ねぇ、今年の夏は二人で何処かに行けるかな?
 去年は海に行こうって言ってたけど
 結局、誰かさんの仕事で行けなかったもんねぇ〜
 ねぇ? 今年はどうかな?”

「グサッ!?(笑)
 そうだね、今年は絶対休みを取るよ。
 俺だって君の水着姿を今年こそは見たいし(笑)」

”ねぇねぇ、水着はどんなのが良い?
 やっぱりビキニ?
 ねぇ、高校時代のスクール水着もあるよ♪”

そう言うと
君は悪戯っぽく舌を出して笑った

「よせよ、俺、ロリコンじゃないから(笑)
 そうだなぁ〜 赤い・・・」

”赤い?”

「赤い・・・ふんどしとか?(笑)」

”えー? そっちの趣味? 嫌だぁ〜!”

「あはは、そんな訳ないじゃん」

”もう!”
 


君の育てた鉢植えの苗が
茎や葉を伸ばして少しづつ花の芽を付けていった


”ねぇ、もうすぐかな?
 再来週までには咲くかな?
 咲くと良いなぁ〜”


その笑顔を俺は何度も何度も抱きしめた

何度も何度も

驚いた君の顔が
やがていつも以上に優しい笑顔に変わった時
初めて君の方から俺にキスをしてくれた



ある夜
アパートの部屋に戻ると君が来ていた

何か本を読んでいたね

「何を読んでるの?」

”『100万回生きた猫』よ。
懐かしいでしょ?”

「へぇ〜 そういや、昔読んだっけな。
 どうしたの? これ」

”来る時、本屋さんで見つけたの。
 何だか懐かしくなって買っちゃった”


君がコーヒーを入れてくれる間に
俺はその絵本をパラパラめくっていた


”ねぇ、100万回生まれ変わっても
 100万回私を探してね。
約束だよ”

「何だよ、やぶからぼうに(笑)」

”良いの! 絶対に私を見つけてよね”

「100万回も生まれ変わったら
 お互いに男と女が入れ違うなんて事もあったりしてね(笑)」

”それでも、絶対に私を見つけてくれなきゃ嫌!”

ちょっとむくれた顔で君が言った


「地球の裏側にいても?」

”もちろんよ!”

「君がアフリカでゴリラだったとしても?」

”何それ! ひどいじゃない!
 でも、その時はあなたも絶対ゴリラだわ(笑)”

「えー!? それやだな(笑)」

”そうじゃなきゃ、見つけられないでしょ?”

「100万回生まれ変わったら
 もしかしてどっちも男とか
 どっちも女とかって事もあるんじゃない?
そんな時はどうする?」

”それでも!”

「それでもって(笑)」

”あっ、分かった!”

「何が?」

”そうよ、絶対そう!
ゲイの人とかレズの人達って
 私 、気持ちが分からなかったけど
 もしかしたら
 そう言う人達が導かれて、お互いに引きあって
 それで運命的にゲイやレズになったんだと思うわ”

「何だか凄い飛躍だね(笑)」


確かに俺もゲイとかレズって
ある種の偏見を持っていたけど
もしかしたら本当に君の言う通りなのかも知れないと
その時は不思議と納得出来た気がした

今まで
こんな事なんか言った事の無かった君

もしかしたら自分の運命を感じていたのかも知れない



二人の記念の日を1週間後に控えた或る日の夜

俺はアパートの部屋で
来るはずの君をずっと待っていた


約束の時間を1時間半ほど過ぎた頃
突然携帯が鳴った


君の携帯番号

聞いた事の無い声

「もしもし?」

君の親友だと名乗ったその声は
ひどく慌てた声で
君の訃報を俺に告げた


いったい何の悪戯なんだ?
サプライズにしても悪趣味だ

妙に醒めた俺の頭の中を
知らない声が何度も通り過ぎて行った

彼女が何を言っているのか
俺は理解が出来ずにいた

「もしもし? ねぇ、聴いてるの?」



病院の薄暗い廊下を走って地下に駆け降りた俺は
目の前の鉄の扉を勢いよく開けた

部屋中に響き渡ったであろう扉の閉まる冷たい音

何人かの人をかき分けると
白い布に包まれて横たわっていた君の寝顔が見えた

君の周りで啜り泣く声が
それがサプライズでも
悪戯でも無い事を嫌と言う程教えてくれていた



新聞の三面記事の中でも
たぶん、小さな扱いにしかならないであろう
何処にでもある車の事故

そんなチッポケな事で君がいなくなるなんて

当たり前に来るはずだった毎日

君との1年の記念日

でも
それはもう来ない

そんな現実をどう受け止めて良いのか
俺は分からないまま
ただ流されるように日々を浪費していた



殺風景な部屋の中
壁に飾った二人の写真

君のとびっきりの笑顔が悲しくて
つい俺は視線を逸らしてしまう

後は何も無い部屋


いや

「そうだ!」


俺は慌てて君が育てていた鉢植えを見た


何日も放ったらかされて
葉が少し枯れかけながらも
それでも
何だか懸命に生きようとしているように見えた

「そうだ、水!」


その鉢植えに水をやりながら
俺は語りかけた

「ごめんな・・・何もしてやれなかったな」


それから2日が経った

「お前、今日はだいぶ元気になったか?
 蕾もだいぶ膨らんできたよな。
 明日、咲いてくれると良いんだけど・・・
 頑張れよ」

そう
明日は君と1年の記念日だ

「でも・・・
 一人ぼっちで迎えても記念日って言うのかな?」

写真の中の君が笑っていた

「そうだな。 一人じゃないよな」


翌朝、目覚めると
居間のカーテンを思いっきり開けた

眩しいほどの光が部屋の中に入って来た

「ん〜 良い天気だ」

こんな清々しい朝は何日ぶりだろか


「そうだ!」

鉢植えに水をやろうと台所に行きかけた俺は
しばし、出窓のその場所に目を奪われた

カフェカーテン越しの柔らかな光を受けて
幾つもの薄青色の花が咲いていた

「咲いたんだ!」


「ねぇ、咲いたよ!」

壁に振り返ると俺は
思わず大きな声で写真の中の君に話しかけた

「ほら、見えるかい?」

君はとびっきりの笑顔で俺を見ていた


「ん?」

その時
鉢植えの花株の後ろに
小さなプレートが挿してあるのを見つけた

茎や葉で隠れていたせいか今まで気がつかなかったのだ

そのプレートには花の名前だろうか

君の文字でこう書かれていた

『forget me not』


「あぁ、もちろんだよ。
 例え、100万回生まれ変わったってね」

俺は花達に水をやりながらそう答えた







『forget me not』
  「勿忘草(わすれなぐさ)」の英名である



























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