真 冬 の 月









「せっかくの満月が見られないわね」

空から落ちてくる綿のような雪を恨めしそうに見ながら
そう君がひとつ溜め息をついた。

「また今度見られるさ」

僕は大して気にも留めずに空を見上げながら無責任に言った。

「また今度なんて、誰が保証してくれるの?」

いつになくムキになって言い返す君を見て僕は正直驚いた。

「だって、また28日経ったら見られるじゃん。
 その時はきっと晴れているさ」

不満顔の君は言った。

「明日・・・ううん、1秒後の事だって分からないのに
 どうしてそんな事が言えるの?」

「それはそうだけど・・・」

「今夜の満月は今夜見ないともう一生見られないのよ」

「そうだけどさ。でも、雪なんだから仕方ないじゃん」

「仕方ない・・・かぁ・・・」

君はそう言うと、また深く溜め息をついた。

「何だよ?
 雪雲に向ってミサイルでも打ち込んで
 雲を蹴散らして晴れさせれば良いのか?」

「そんな事は言ってないよ」

「じゃあ・・・ もう! どうすりゃ良いんだよ?」




そうだね。
この事が原因では無かったにせよ
確かに「また今度」は来ないまま二人は終わってしまった。

あの時、君が見たかったもの。
それはもしかしたら本当は満月なんかじゃなくて
きっと、二人で共有出来る想い出だったんだろう。

二人で過ごす時間、二人で過ごす空間。
同じ物を見て、同じ感動が出来る事の喜び。
そうやって積み重ねていく二人の歴史。

それが証拠に28日後の満月の夜
君は満月が見たいとは言わなかった。
あんなに澄みきったキレイな夜空だったのに。


あの頃、何かにつけて
ムキになって苛立っていたのはいつも僕の方だったと思う。




「ねぇねぇ、見て!」

仕事から帰った妻がドアを開けるなり僕に向って言った。

「すっごいキレイな満月だよ! ねぇ、見た?」

「あれ? そうだっけ? 気がつかなかったよ」

「全くもう! あなたって相変わらずね」

妻は苦笑しながら買い物袋をテーブルの上に置いた。

「それにしても、今夜も冷えるわね。
 ねぇ、今夜はシチューで良い?」

「あぁ」

「もう! 本当、あなたってそっけないわよね?
 なんかこうさぁ〜『やったー♪』とか『嬉しい♪』とか
 もっとリアクションしても良くない?
 シチューは嫌?」

「そんな事はないよ」

いつも妻の一方的なテンションの高さには
圧倒されて苦笑いするしかないでいる。
でも、それは慣れると決して心地悪いものじゃない。
僕には持ち合わせていなくて
それを補ってくれている・・・そんな気がする。

そんな事を思いながら妻を見ていた。

「何よ? 私、何か変な事言ったっけ?
 もう、ニヤニヤして変な人」

「いや、別に」

「うー、寒い、寒い。 
 ちょっと待って。 少し温まらせて」

そう言うと合わせた手を擦り合わせながら
妻はストーブの前で屈みこんだ。




気がつかなかった訳じゃない。

蒼く凍えた今夜の満月は心を突き刺すように美しかった。
そして、哀しく思えた。

あの夜
もし、君と満月が見れていたら二人はどうなっていたんだろう?




「ねぇ、コーヒーと紅茶、どっちが良い?」

「えっ? あぁ、じゃコーヒーにしてもらうかな」

「オッケー♪ 美味しいクッキーを買って来たのよ」

「食事の前に?」

「食事の準備をしながらよ」

妻はニコッと微笑むと鼻歌交じりに台所に立った。




そうだね。
もし、あの夜に君と満月が見れたとしても
きっと、”今”と同じ事になっているんだろうな。

君が僕と見たかったのは満月なんかじゃなかったはずだから。
僕はそれに気づかなかったんだから
遅かれ早かれ結果は変わらなかっただろう。


僕は居間の窓の所に行くとカーテンをそっと開けた。
道を挟んだ向かいのマンションの上に
くっきりと大きな満月が浮かんでいた。

「あー、本当だ。 キレイな満月だね」

「でしょ、でしょ? はい、コーヒー。ここに置くわね」

部屋の中から見る月は外で見る月よりも少しだけ暖かそうに見えた。
































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