満月になったら
深夜、
突然夢の中でスピッツの「空も飛べるはず」が流れた。
そんな夢を見ていた訳では無い。
そんな願望がある訳でも無い。
だが、
俺の夢の中を掻き混ぜるようにその歌が流れ続けた。
”confusion”?
一瞬、我に返った時、
その歌と共に
枕元のスマホのイルミネーションが踊っているのが見えた。
着信だ。
「もしもし・・・」
<ごめん。寝てた?>
「あぁ・・・どうした?」
<なんかさ・・・空を見たら月が半分だったんだよね>
「半月だったんだろ?」
<半分の月って哀しいよね>
「・・・」
話が噛み合っていない。
しかし、そんな事にはお構い為しにお前は続けた。
<二人でひとつなんて言ってたクセにさ>
「なんだよ? 又、フラれたのか?」
<半分だけ残された月はどんな気持ちでいるんだろうね?>
「・・・」
<きっと、辛いよね。きっと、切ないよね>
「・・・」
そんな愚痴ともつかない話にスッカリ目が冴えてしまった俺は
ベッドから起き上がってメガネを探すと
目覚まし時計を確認してから
スマホを耳に当てたままソファまで行き
暗闇の中
そこに座るとテーブルの上の煙草を一本取り出して火を点けた。
<だって、半分だけ無くなっちゃうんだよ。
今までそこに在ったものが半分だけ引き千切られて
もう半分だけが中途半端に取り残されてさ>
「無くなっちゃいないさ」
<えっ?>
「そう見えるだけだよ」
<でも・・・>
「もう一度、空を見てごらん。
本当に月は半分しか無いのかい?
見えていないだけかも知れないよ。
むしろ、今までもう半分があると思ってたのが
本当は無かったモノなんじゃない?」
<意味が解らない・・・>
「本当の”丸”にはなって無かったって事さ」
<解るように言ってよ>
「ん〜 それじゃさ。これから二週間、毎日。
用件は何でも良いから俺に電話をしてきてごらん。
そしたら解るよ」
それから二週間、お前は毎晩電話をしてきた。
昼にランチで食べた
エビピラフのエビがいつもより小さかった事。
会社のお局様の更年期障害が酷くなって会社を休んだ事。
実家から野菜とインスタントラーメンが送られてきて
母親からの手紙を読みながら
一緒に入っていた一万円札を握り締めて泣いた事。
シャワーを浴びていたら急に水になって慌てた事。
女友達の失恋話に付き合って
朝まで二人で泣きながらカラオケを歌い続けていた事。
etc・・・
最初の頃は十分、十五分だった電話が
数日立つと三十分になって
ここ三〜四日は毎回一時間を超えるようになっていた。
話の内容はどれも他愛もない内容ばかりだったが
本当はそんな事はどうでも良い事だった。
二週間目の夜がきて
”いつも”のようにお前からの電話が入った。
<今夜で二週間だよ>
「あぁ、そうだね」
<約束覚えてる?
二週間経ったら解るって言ったよね?>
「あぁ、言ったよ」
<じゃ、教えて>
「今、何処にいる?」
<部屋だよ。マンションの>
「それじゃさ。窓を開けて月を探してごらん」
<月を? なんで?>
「見つけられたら解るよ」
<ちょっと待って。今、開ける・・・>
「どう? あった?」
<・・・>
「どうした? 見つからない?」
<あった>
「えっ?」
<あった。もう半分・・・>
「ホント?」
<うん。だから・・・>
「何?」
<すぐに確かめに来て。
私が見ているのが本当の満月かどうか>
俺はもちろん、すぐに駆け付けた。
きっと三分も経っていなかっただろう。
何故なら、俺はずっとここで待っていたんだから。
お前は気が付いていなかっただろうけどね。