message in a bottle







君の荷物が運び出されて広くなった部屋。

どうしてだろう?
座る場所も歩き回れる場所も増えたのに
何故だか居心地が悪い。

いや、分っている。

広くなったのは部屋の中だけではなくて
ポッカリと空いた心の隙間。


窓から見える夕暮れの街並。
見慣れた景色が今はなんて空々しいんだろう。

そんなことを思いながら
それでも時を忘れて
僕はぼんやりと窓の外を眺めていた。


退屈な時間も物憂い空間も
いつも君が埋めてくれた。

いつも明るくあっけらかんとしていて
時々、「空気を読めよ」って思う時もあったけど
君の空気の読めなさに逆に救われていた。

それは確かに否めない。

いや

そんな風に振る舞っていたのも
たぶん、君一流の優しさだったんだろうか?


壁に残る写真の跡。

いつもならファッション雑誌が
無造作に置かれていたテーブル。

妙に片付いたその広さ加減が
僕を余計に落ち着かなくさせていた。

やがて

お喋りな想い出たちが
思い思いに勝手なことを話し始めた。


「あっ、そう言えばね」

「そうそう!」

「ねぇ、知ってる?」

「ねぇ、今度さ」

「あれ、面白かったね」

「ねぇ、笑っちゃうでしょ?」

「サイコー!」

「ねぇ、コーヒー飲む?」


僕はいたたまれずに耳を塞いだ。


コーヒーか・・・
そういえば、何処にあったっけ?

僕はいつもブラックで、しかも濃いめ。
君はミルクをたっぷりだったね。


僕は台所に立ってコーヒーの在りかを探した。
が、それは案外簡単に見つかった。

キッチンの引き出しの中
開封をしたコーヒー豆の封が
セロテープできちんと留められていた。

僕はそのセロテープを剥がすと
コーヒースプーンにふたつ分の豆をすくって
手挽きのミルでガリガリと挽いた。

ほのかに立ち上るコーヒーの香り。

「これが最高なのよね」

また、君のそんな言葉が脳裏を過った。

早くもかなりの重症だ。
<リハビリ>期間も長くなるかもな。

やれやれ・・・

あっ、そうだ。
とりあえずはコーヒーを入れなきゃな。
もう豆は挽いてしまったし。

香りが逃げないうちに。


あれっ? ドリップペーパーは?
豆の入っていた引き出しには入っていなかった。

僕は台所を見渡した。

何処だ?
君なら何処にしまう?

すぐに出せて、しかも絶対に湿けらないところ?

そうだ、食器棚の引き出し?

僕は食器棚の引き出しを端から開けた。
でも、ペーパーは見つからなかった。

もちろん
上の段のガラスの開き扉を開けても入っていなかった。

ふと目に入ったお揃いのコーヒーカップ。

また、いたたまれない気持ちになって
僕は慌てて開き扉を閉めた。


何処だろう?

僕はミルの中で挽いたままになっているコーヒーの粉が
今にもその香りを失くしていくであろうことに
気が気ではなくなっていた。


有る訳がないと思いながら
何げなく食器棚の下の開き扉を開けると
そこに空のワインボトルが置いてあった。

今年の僕の誕生日に君が奮発をして買ってくれたワイン。
でも、半分以上は君が美味しいって呑んじゃったっけ。

僕はそのワインボトルを見ながら思わず苦笑した。

記念に取ってあったのかな?
そう思いながら
濃い青色のワインボトルを手に取ると
その中に何かが入っていた。

紙?

ボトルを逆さにして振ってもそれは出てこなかった。

考えた挙句に僕は割ってみることにした。

どうせ、最後に君が書いた僕の悪口だろう。
割ったってどうってことはないさ。


僕はキッチンにまな板を置くと
そこにワインボトルを横にして置き
その上からタオルをかけて金槌で軽く叩いた。

小さく<カチャ>っと悲鳴をあげただけで
思いのほか、簡単にボトルは割れた。

タオルを外すと
割れたボトルの中から出てきたのは一枚の便箋だった。

そこには見慣れた君の文字でこう書かれていた。

「ごめん、ドリップペーパーは買いに行くヒマがなかったの」


えー!? それはないよ!

そんな・・・何でだよ?

何で?


何で・・・僕の行動がそんなに判るんだよ?


挽いたままのコーヒーの香りが逃げていく。

ダメだ!


僕は玄関に急ぐとスニーカーをつっかけたまま駆け出した。

もちろん、ドリップペーパーを買いにいく為じゃない。
君を引き戻す為にだ。

































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