パパがサンタにキスをした!?

I Saw Daddy Kissing Santa Claus !?






「ねぇ、パパ?」
「ん? 何だい?」
「さっきから何をそわそわしてるの?」
「えっ? そわそわ? そうだっけ?」
「さっきから何か変!」
「そ、そんな事はないさ。
 さぁ、おばあちゃんが作っていってくれた食事にしよっか。
 ほらっ、すごいご馳走だぞ♪」


俺は山崎隆史、36歳の×イチ独身。
幼稚園の年長の一人娘の佳奈と
市内のマンションで二人暮らしだ。

いや、正確に言えば
佳奈の弟分のハムスターの「たろ吉」がいるから
二人と一匹の三人暮らしだ。


俺はその頃
地元の広告代理店で営業の仕事をしていた。
元妻の晴美はフリーのイラストレーターで
広告や地元の情報誌やなんかでイラストを書いていた。

たまたま俺が窓口になった仕事があって
その時の縁で晴美と知りあい
3年間付き合った後で結婚をした。

2年後、佳奈が生まれた。
晴美はしばらく仕事を休んでいたが
佳奈が幼稚園の年少に入園したのをきっかけに
また、少しづつ仕事を再開していった。

佳奈が年中になった秋。
晴美にチャンスが訪れた。

東京の大手広告代理店が公募をしていた
飲料メーカーの新キャラクターのデザインに応募して
なんと、晴美の作品が選ばれたのだ。
しかも、その時の選考委員の一人が
たまたま晴美の大学の先輩で
晴美にこれを機会に東京に出てくる事を勧めたのだ。

俺達は何度も話し合った。

佳奈にもし、喘息の持病が無かったのなら
迷わずに三人で東京に出て行っただろう。

結局、俺達は別れると言う結論を出した。

俺自身、晴美のチャンスを
応援してやりたいと言う気持ちもあったのだ。
例えば、単身赴任みたいな形も取れただろう。
でも、東京に行くからには
何にも縛られずに思いっきりチャレンジをして欲しいと思った。
やるからには後悔しないやり方で。


晴美と別れてから
早く帰宅が出来るようにと
俺は会社に頼みこんで
今は慣れない総務の仕事をしている。
総務と言ってもそんなに格好の良いもんじゃない。
経理以外は何でもやっている。
蛍光灯の付け替えからコピー用紙の発注etc
いわゆる、「何でも屋」だ。

朝は俺が佳奈を幼稚園まで送っていた。
そして、幼稚園が終わる頃
近所に住んでいる母親が佳奈を迎えに行き
そして、俺が帰宅するまでの時間
母親が佳奈の面倒を見てくれていた。


「いつも済まないね」

いつものように仕事が終わって
実家に佳奈を迎えに行った。
そして、またいつものように夕食をご馳走になってから
居間でお茶を飲みながら話をしていた。

「なぁに、こっちも楽しませてもらってるよ」
「ありがとう、母さん」
「ところで、お前これからどうするつもりだ?
 晴美さんが出て行って、もう一年以上経ったんだ。
 そろそろ再婚とか考えていないのか?」

親父が口を挟む。

「今のところはね」

心配そうに母親が身を乗り出して言った。

「お前、まだ晴美さんに未練があるのかい?」
「いや、そんなんじゃないよ」
「私達だって、今は元気だから良いけど。
 でも、
 いつまで佳奈ちゃんの面倒を見られるか分からないんだし
 これから小学校、中学校って上がっていったら
 お母さんが必要な事を出てくるよ」
「あぁ、分かってる。
 でも、そう急いだ事でも無いさ」
「でも、お前だって大変だろ?
 残業も出来ないんじゃ
 他の社員さんにも迷惑をかけてるんじゃないのかい?」
「そうだな、それは申し訳ないと思ってる」
「誰か、これはって女性はいないのかい?」
「残念ながらね。
 でも、誰でも良いって訳でもないだろ?
 佳奈の持病も理解して、可愛がってくれる女性じゃないとさ。
 なかなかハードルは低くはないよ」
「そうだけどさ・・・」

「パパ、そろそろ帰ろ?」

テレビを観ていた佳奈がこっちを振り向くと言った。

「たろ吉がお腹空かせてるよ。
 それにもう、眠たくなっちゃった」


正直、再婚を考えていない訳でもない。
でも、お手伝いさんを雇うのとは違うのだ。
そう簡単にはいかない。
それに・・・

「ねぇ、パパァ〜」

俺の傍に来て佳奈が俺の手を引っ張った。

「あぁ、分かったよ。じゃ、帰るか」


車に乗り込むと佳奈はすぐに後ろの席で横になった。

『再婚かぁ・・・』

そう思う気持ちを振り払うように俺は車を走らせた。



それはクリスマスの1週間ほど前の事だった。

晴美から突然電話があったのだ。

『もしもし、隆史? 元気にしてる?』
「あぁ、何とかね。
 佳奈も毎日元気で幼稚園に通ってるよ。
 給食にホウレン草が出た時は
 相変わらず鼻をつまんで食べてるんだってさ。
 誰かもそうだったよな?」
『私? 違うわよ。 私は絶対食べないもの』
「そうだっけ?
 佳奈が生まれた時、好き嫌いの無い子にしたいって
 誰かそうしてた人がいたじゃん」
『・・・』
「ん? どうした?」
『ううん、何でもない』
「そっか・・・
 で、君の方はどうなんだ?
 元気でやってるのか?」
『お陰さまで。
 先日もコンペがあって
 ある会社のマスコットキャラクターに選ばれたわ』
「そうか! そりゃ、良かった。
 順風満帆ってとこだな?」
『まぁね。』
「なんだい? それにしちゃ、浮かれた声じゃないな?」
『そうそう! 今度ね。
 ちょっと休みが取れそうなのよ。
 それでね・・・』
「こっちに帰って来れるのか?」
『うん、それで佳奈にプレゼントを持っていきたいの』
「プレゼント? そりゃ、喜ぶよ。
 で、いつ?」
『クリスマスイヴ・・・かな』
「おー!
 それは佳奈にとって最高のクリスマスプレゼントになるな」
『でもね・・・』
「でも?」
『佳奈には会わないでおこうと思ってるの』
「なんで? 会いたくないのか?」
『ううん、会いたいわ。
 でも、私は佳奈にしたら佳奈を捨てた女なのよ。
 今、佳奈に会ったら佳奈の心を又苦しめる事になるわ。
 それに・・・私も佳奈の顔を見たら辛くなる・・・』
「うん・・・そうだな・・・」
『だから、あなたに会って預けるから
 サンタさんからのプレゼントって事にして渡して欲しいの』
「俺に会うのは平気なんだ?」
『・・・』
「ごめん、言い過ぎた・・・」
『ごめんなさい。 でも、隆史にしか頼めない』
「そうだな。 良いよ、分かったよ。
 でも、佳奈の寝顔くらい見ていってやれよ。
 なぁに、あの子は10時過ぎたら寝てるし
 一度寝たら震度4の地震があったって起きないよ」
『隆史と一緒だね』
「えー? 何がだよ?」
『佳奈が生まれたばかりの頃。
 毎晩凄い声で夜泣きしてたのに
 あなたは一度も起き無かったよね?』
「そうだっけ?
 でも、それってあれか?
 佳奈の泣き声は震度4にも匹敵したって事かい?」
『地声の大きさはあなた譲りって事よ』
「ひどいなぁ〜 久しぶりに話したってのに」
『相変わらずね、何だか懐かしい・・・
 やっぱり、電話しなきゃ良かったかな・・・』
「何だよ、それ?」
『別に意味は無いわ』
「それより、せっかくイブに来るなら
 サンタさんの格好でもして来いよ。
 万が一、佳奈の目が覚めても
 サンタさんなら言い訳出来るだろ?」
『いやよ、そんなコスプレみたいなの。
 そんなキャラじゃないの知ってるくせに』
「あはは。
 でも、久しぶりに会うんだ。
 普通の格好だと何か照れるよ。
 あっ、別にミニスカサンタの衣装じゃなくて良いからさ」
『当たり前よ! 全く、あなたって変わって無いわね』
「悪かったね、毎日佳奈の相手してると
 自分が大人だって事も進歩しなきゃって事も忘れるよ」
『ごめんなさい・・・』
「あっ、いや・・・そんな意味で言ってるんじゃないよ」
『うん、分かってる・・・』
「じゃ、そう言う事で。
 サ・ン・タ・さ・ん、頼んだよ」
『もう!』
「あはは、それじゃな」



「パパ! ねぇ、パパってばぁ〜」
「ん? 何だい?」
「やっぱり、パパ。 さっきから変!」
「いや、そんな事はないよ」


時計は夜の7時を回っていた。
晴美が来るのは11時。 
まだ4時間ある。
なのに、実際佳奈が言うように
何だか落ち着けずにいた。


「さぁ、食べたかい?
 そしたら、片づけたら今度はケーキにしようか」
「うん♪」
「おっ、まだ食べる気満々だな?」
「うん♪ ケーキは別腹ってママも・・・
 ううん、とにかく! ケーキ大好きだもん♪」


『ママも・・・か。
 やっぱり、お前もママに会いたいよな?』

晴美が家を出て行ってから
佳奈が晴美の事を話した事は無かった。

たぶん、無理をしてたんだろう。

『そりゃ、会いたいよな?
 世界に一人だけのママだもの・・・』



11時を少し回った時、晴美からメールが入った。

『そろそろ良い? 今、下の駐車場にいるの』
『大丈夫だよ。 佳奈も今頃は夢の中だよ。
 佳奈が起きるといけないからチャイムは鳴らさなくて良いよ。
 玄関の鍵は開けておくから』


程なくして玄関の開く音がした。
俺はソファから立ち上がると玄関に向かった。

居間のドアを開くと
その先に、ちょっとぎこちない
そして、懐かしい笑顔があった。

ぎこちない笑顔は多分、俺も一緒だっただろう。

「やぁ、しばらくだね」
「お邪魔して良い?」
「あぁ、勝手知ったるってやつだろ?
 どうぞ、君が居た頃よりは散らかってるけど」

晴美はちょっともじもじしながら居間に入って来た。
サンタクロースの衣装を着ている。

「あれっ? 本当にサンタさんだ」

俺が笑いながら言うと

「何よ。 あなたが着て来いって言ったんじゃない!
 やっぱり、止めれば良かった・・・」
「いや、ごめん。 本当に着てくるとは思わなかったんだ
 以前の君なら、『バカじゃないの』って取り合わなかったよね」
「そんな事はないよ」
「いや、絶対そう言ったって」
「何よ」
「あはは、いや、よそう。
 ケンカをしに来たんじゃないだろ?」


晴美は部屋の中を見渡していた。
そして、ぽつりと呟いた。

「変わらないね」
「ん? そうかい? なら良かった。
 でも、細かい所の掃除は行き届いていないからね。
 あんまりジロジロ見ないでくれよ」

俺は笑いながら言ったが
それもやはり少しぎこちなかったかも知れない。

「まぁ、座れよ。 珈琲でもいれるよ」
「ありがとう。
 あっ、これ・・・佳奈ね。
 大きくなったわ・・・」

晴美は壁に掛けてあった佳奈の写真をまじまじと見ていた。


俺が珈琲を入れて居間に戻ると
晴美はまだ佳奈の写真を見ていた。

その目には薄らと光るものがあった。


「珈琲、ここに置くよ」

そう言うと俺はソファに腰を下ろした。


「ごめんね」
「何が?」
「あなたにも佳奈にも迷惑をかけてしまって」
「よせよ。 話し合って決めた事じゃないか。
 君が謝る事は無いさ」
「でも・・・」
「それより、佳奈へのプレゼントって何なんだい?」

晴美は抱えていた箱をテーブルに置くと
向かいのソファに座った。

「これね、ランドセルなの。
 来年、入学よね。
 でも、使ってもらえるかなぁ〜」
「ランドセル? そりゃ、あいつ喜ぶよ。
 君と一緒に学校に行けるんだからさ」
「何よ、それじゃまるで私が亡くなったみたいじゃない」
「あはは、違うよ」
「でも・・・確かに、そうね。
 佳奈にとっては私はもういない人だもの」
「そんな事はないよ。絶対、喜ぶさ」
「そうかな・・・」
「あぁ、間違いないよ。
 佳奈にとってはママは君だけだもの」
「ごめんなさい・・・」
「いや、だからそう言う意味じゃないよ」
「・・・」
「そうだ、せっかくサンタさんになってるんだから
 佳奈の枕元にランドセル置いてこいよ」
「ダメよ。 見たら泣いてしまうもの・・・」
「せっかく来たんだろ? 顔ぐらい見ていけよ」
「ううん、やっぱり止めておく」
「なんで? ほらっ、早くしないと佳奈が起きてきちゃうぞ」


俺は晴美を促すように佳奈の部屋を指差した。

「ほら」

晴美はプレゼントの箱を持つとソファを立った。
でも、足が動かない。

「大丈夫だって」


何が大丈夫なのか、俺も分からなかったが
晴美にひと目でも成長した佳奈を見せてやりたかった。

「うん」

そう言うと晴美は恐る恐る佳奈の部屋の方に歩きだした。


佳奈の部屋のドアをそっと開けると
晴美は部屋の中に入って行った。


ベッドで寝ていた佳奈は相変わらずの寝相だった。
布団を横に蹴とばしていて布団が布団の役目をしていない。

『佳奈ちゃん・・・』

晴美が布団を掛け直そうとした時
ベッドの脇で「チュー!」と何かの泣き声がした。

晴美は思わず声を上げそうになって
慌てて自分の口を手で押さえた。

『な、何っ?』

見るとベッドの脇にはゲージが置いてあって
その中で1匹のハムスターが走り回っていた。

「ごめんね。 驚かせちゃったわね。
 大丈夫よ。 私は敵じゃないのよ」 

晴美はハムスターをなだめるように
そう言うと佳奈の布団を直して
枕元にそっとプレゼントを置いた。

『佳奈ちゃん、ごめんね。
 本当は抱きしめてあげたい。
 でも、今の私にはそんな権利はないの。
 佳奈ちゃん、いつか分かってもらえるかな・・・』


晴美が佳奈の部屋に入っている間
俺は晴美の事を考えていた。

『どうして急に会いに来たのだろう?
 何かあったんだろうか?』


「ありがとう」

晴美は佳奈の部屋を出てくると
ドアをそっと締めながらそう言った。

「どうだった? 大きくなっただろ?
 たった1年だけど、子供の成長って早いよな。
 それからみたら、大人って進歩しないよな」
「そうね」

そう言うと晴美はやっぱり向かいのソファに腰を下ろした。

「ところで、仕事は上手くいってるのかい?」
「えぇ、お陰さまで上手くいってるわ」
「そっか、そりゃ良かった」
「・・・」
「で?」
「えっ?」
「だから、急に帰ってくるなんてさ。
 何かあったんじゃないのかって思ってね。
 で? 仕事は上手くいってるとすると
 ・・・仕事以外の事かい?」
「ううん、そんなんじゃないわ」
「なら良いけど・・・」
「仕事は上手くいってるんだけど・・・」
「ん?」
「今までは・・・」
「うん」
「前に電話で話したよね? 先日のコンペの話」
「あぁ、君のデザインが採用されたんだろ?」
「うん・・・」
「なんだよ? 歯切れが悪いな」
「採用はされたんだけど・・・
 あれって、半分は先輩のお陰なのよ」
「先輩って、君を東京に呼んだ?」
「えぇ」
「うん、それで?」
「先輩・・・柴田さんって言うんだけどね。
 柴田さんが審査員で私のデザインを押してくれたの」
「それは君の才能を買ってるからだろ?」
「それは嬉しいんだけど
 でも納得出来るデザインが描けないの。
 コンペだ、締切だって追われるばかりで
 ただ、追われるように描いているだけ。
 何だか、昔みたいに湧き出るものがないのよ」
「それで自信喪失って訳?」
「そうね・・・そうかも知れない」
「なんだよ、随分弱気になったじゃないか?
 そりゃ、どんな天才だっていつも完璧じゃないさ。
 スランプだってある。
 まぁ、少し気分転換していけば良いさ。
 そのつもりで来たんだろ?」
「ありがとう・・・
 でも、なんか違うんだよね」
「何が?」
「確かに、今は仕事に専念出来るし
 良い先輩やスタッフにも恵まれているわ。
 でも、最近ね
 『これだ!』って納得出来る作品が描けないの。
 時々、締切が近いのに何も浮かばない事もある。
 それに・・・デザインを書きあげても楽しくないの」
「楽しくない・・・か」
「ワガママよね」
「ん〜 環境が良過ぎるんじゃない?」
「良過ぎるって?」
「うん、つまりさ。
 例えば、同じ才能を持った人が二人いるとするだろ?
 一人は孤独の中でしか才能を発揮出来ないとする。
 充たされた生活の中では才能が生きないんだ。
 もう一人は充たされた生活の中でこそ
 イマジネーションを発揮出来るんだ。
 極端な言い方かもしれないけど
 才能の発揮の仕方って人それぞれなんじゃないかな?
 必ずしも、環境が良いだけでは良い作品は出来ないって事だよ。
 環境と言っても、仕事をする為の環境と
 人が生きる為の環境って違うだろ?
 時間に追われたり色々な制約の中にいたりとか
 自分を追い込む事でプレッシャーを力に変えられる人もいれば
 何よりも心に余裕が無いと仕事が出来ない人もいるだろ?」
「・・・」
「君にとってはどうなんだろ?」
「私にとって・・・?」
「うん、今の環境がはたして君に合っているのか?
 って話だよ」
「私にとって・・・
 そうね、何となくそんな事を考えた事もあったわ。
 でも、それじゃ良い気になって
 その気になって家を飛び出した私ってバカみたいだわ。
 きっと・・・才能が無かったって事なのよね」
「才能か・・・
 才能のある奴なんか世間にはごまんといるさ。
 でも、そのみんなが世の中に出られる訳じゃない。
 何故だか分かるかい?
 チャンスとタイミングだよ。
 君はそのチャンスを掴んだんだ。
 でも、君に才能が無かったら
 チャンスだってやっては来なかったさ。
 もっと自信を持って良いんじゃない?
 今は少し弱気になっているだけさ。
 ちょっと季節外れの五月病みたいなものなんじゃない?」
「12月に五月病なんて私も案外間抜けよね。
 おかしくて笑っちゃうわね。
 もっと自信があったはずなんだけどなぁ〜
 どうしたんだろう・・・私」
「・・・」
「えっ?」
「あっ、いや・・・何でもない・・・」


お互いに分かっているのに、お互いに・・・

ちぐはぐな時間をお互いに過ぎしてきた事で
たったひと言が言えないでいる。

ぎこちない空気が時間を埋められないでいた。


その時の俺達は佳奈の部屋のドアが
少し開いている事には気が付いていなかった。


寝返りを打った時
頭が何かに当たって佳奈はふと、目が覚めた。

居間からパパと誰かの話声が聴こえた。

『パパ? 誰だろう? 女の人?』

佳奈はそっとベッドを起き出すと
部屋のドアを少しだけそっと開けた。

『サンタさん!?』

ドアの隙間から居間を覗くと
パパとサンタさんの横顔が見えた

『ホントに? でも、なんでパパがサンタさんと?
 あっ、やっぱり女の人?』

サンタの衣装は着ていたが帽子とヒゲはつけてはいない。
しかも、そのサンタさんの横顔には見覚えがあった。
いや、忘れた事なんてなかった人だ。

『ママ!』

佳奈は急にドキドキし始めた。

思わずドアを開けて居間に飛び出しそうになったのを
佳奈はじっとこらえた。

どうしてか分からなかったが
今は出て行っちゃいけない気がしていた。

『ママ? どうして? なんの話をしているんだろう?』

佳奈は二人の話しに聴き耳を立てた。


「楽しくないって言ったよね?
 それって、さっきの話で言えばさ。
 君はきっと後者のタイプなんだからじゃない?」
「後者って?」
「つまりさ、君は充たされた心の余裕がないと
 イマジネーションが湧いてこないって言うかさ。
 なんだろ・・・
 ん〜 つまり、分かち合える人?
 仕事としてではなくて喜びを分かち合える人。
 そう言う人がいて初めて君は充たされるんじゃないのかな?
 ん〜 なんか、上手く言えないけど」
「・・・」
「帰ってくる?」
「えっ?」
「ここにさ」
「でも・・・それは出来ないわ。
 あなたや佳奈にこれだけ迷惑をかけているのに」
「迷惑だなんて俺も佳奈も思っちゃいないよ。
 まぁでも、良く考えてみたら良いさ。
 何も慌てて結論を出す事もないだろ?」
「でも、それじゃワガママ過ぎるわ。
 どんな顔をして佳奈に会ったら良いの?
 『ごめんなさい。やっぱり戻ってきました』って?」
「良いじゃないか、それで。
 それで、みんなが幸せになれるならね。
 やってみた。 ダメだった。
 それで全てが終わる訳じゃないだろ?
 ダメだったら、違う方法を探せば良い。
 ダメだったら、やり直したって良いんだ。
 それが分かっただけでも東京に出た甲斐があったって話だろ?」
「でも・・・」


『ん〜 もうじれったいなぁ〜
 あっ、そうだ♪』

二人の様子をじっと見ていた佳奈だったが
突然何かをひらめいたように
ベッドの傍に行くとゲージの中からたろ吉を取りだした。

両手にそっとたろ吉を包み込むように持つと
たろ吉に話しかけた。

「良い? たろ吉、良く聞いてね。
 パパとママが仲直り出来るように
 ちょっと行ってお説教してきてよ。
 お・ね・が・い♪」

そう言うと、ドアの隙間から
ポイっとたろ吉を居間に放った。

するとたろ吉は
パパの座っていたソファの下を一目散に駆け抜けて
テーブルの下も通り抜けたかと思うと
ママの座っているソファの上に飛び乗った。

「キャー!」
「な、なんだ?」

驚いた晴美は
我を忘れて逃げるようにソファを立つと俺にしがみついてきた。

「な、何?」
「なっ、お前・・・たろ吉か?」

俺が慌てて佳奈の部屋を見ると
ドアが少し開いていて
そこから覗いている佳奈の顔が見えた。

「こらっ、佳奈! 出て来なさい!」

俺が怒鳴ると佳奈は恐る恐るドアを開けて居間に入ってきた。


「佳奈ちゃん!」

やっと我に返ると晴美は佳奈を見つけて駆け寄った。

「佳奈ちゃん、ごめんね、ごめんね」
「ママ、おかえりなさい」
「佳奈ちゃん」

そう言うと晴美は佳奈を強く抱きしめた。

「ごめんね、ごめんね」

晴美は泣きながら何度も何度も佳奈を抱きしめていた。


そんな二人を見ていたら
俺は佳奈を叱るタイミングを逃していた。

「全くもう」


それから俺達は三人で
食べ残していたクリスマスケーキと
晴美がプレゼントをしてくれたランドセルを囲んで
少し遅めのクリスマスパーティをした。

1年ぶりの親子三人でのパーティだ。

佳奈はその間中ずっと晴美の横で甘えていた。
いつにも増しての佳奈の「あのね」攻撃だったが
それさえも今の晴美には心地良かったに違いない。
晴美と佳奈は俺がいる事も忘れているかのように話し続けた。


「さぁ、佳奈。
 そろそろお開きの時間だぞ」
「えー!? いや、もっと起きてる!」
「ダ・メ・だ・! さぁ、歯を磨いてもう寝なさい」
「だって・・・ママが又、いなくなっちゃう」
「佳奈ちゃん・・・」
「大丈夫だよ。
 明日、佳奈が起きたらママが朝ごはんを作ってくれているよ。
 そうだろ?」
「えぇ、でも・・・良いの?」
「佳奈、どう思う?」
「やったー♪」
「と、言う事だ。 どう?」
「ありがとう、佳奈ちゃん」
「おいおい、俺はどうなんだ?」
「はいはい、あなたもありがとうございます」
「なんだよ、それ。 俺はオマケか?」

みんなで大笑いをした。
久しぶりに我が家に心からの笑い声が響いた。


佳奈を寝かせつけると晴美が居間に戻って来た。
今度は向かい側のソファではなくて
晴美は俺の隣に腰かけた。

「ありがとう」
「あぁ」
「あっ、オマケで言ってるんじゃないからね」
「分かってるよ」

二人は顔を見合せながら笑った。


「で、どうする? 戻って来るんだろ?」
「良い?」
「当たり前だよ。 ここは俺達の家だ。
 お前と佳奈と俺のね」
「たろ吉もでしょ?」
「あー、忘れてた!
 俺達のもう一人のキューピッドだもんな。
 あいつにも明日は飛びっきりのヒマワリの種をご馳走しなきゃな」
「そうね。 明日は私も腕によりをかけてご馳走を作るわ」
「あっ、胃腸薬切れてたっけ」
「まぁ、失礼ね!」
「あはは、ごめん、ごめん、つい・・・」
「つい、何よ?」

晴美はちょっとむくれた顔で俺を叩く真似をした。

俺は晴美の振り上げた腕を掴むと身体ごとこちらに引き寄せた。
そして、晴美を抱きしめるとそのままキスをした。



『やったー♪』

それでもやっぱり心配で佳奈は眠れなかった。
それで、佳奈はまた少しドアを開けて
二人の様子をずっと見ていたのだった。

『パパ、ママ。 おやすみなさい。
 もう邪魔はしないわ』

そう呟くと佳奈はベッドにもぐり込んで目を瞑った。
































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