最 後 の チ ャ ン ス








 あの頃の僕は、
 全てを知り、全てを許す事が愛だと信じていた。
 だから、例え何が有っても愛は変わらないと言う自信が有ったし、
 君の全てを知りたいと思っていた。
 いや、むしろ愛するが故に全てを知るのは当然だと盲信していた。
 それが君への愛なんだと・・・

 愛しているからこそ言えない事も有る。
 そんな事は思いもしなかった。
 そして、その事が君をどれだけ苦しめて、そして傷付けていたのか・・・
 僕は気付きもしていなかったのだ。

 君からしたら、
 僕の言う言葉はどれも根拠の無い自信に過ぎなかっただろう。
 ただの「愛」の押し付け?
 若気の至りと言うには、失くしたモノの大きさはあまりに大き過ぎた。


 君があの日、
 僕に告げた巻き込まれた事件の話。
 それはあまりに突拍子も無く、そして残酷な話だった。
 僕にとっても、いや・・・それ以上に何より君にとって・・・
 事の顛末と、そしてそれは未だ片付いていない事。
 君は俯いたままで、時折涙で言葉を詰まらせながらも
 それでもきちんと話してくれた。

 どれだけ勇気がいただろう?
 どんな想いで僕に話してくれたのか?
 
 その君の一途な誠実さに僕は何を応えてやれたと言うのか・・・

 それなのに、僕のした事と言えば、
 そんな君の気持ちを考えもせずに
 ただ、君を更にと問い詰める事だけだった。
 愚かな僕は、ただ全てを知ろうと君を問い詰めた。
 許せる自信が有ったから。
 例え、何が有っても君への愛は変わらないと言う自信があったから。
 今日も、明日も、明後日も、ずっといつまでも君と一緒にいたかったから。

 僕は君を責めたつもりはない。
 ただ、全てを
 本当の事を知りたかった。
 
 問い詰めた言葉がどれだけ鋭利な刃のように君の心を突き刺していた事か・・・
 僕が何度も何度も繰り返した「愛」と言う言葉には
 君の求める「愛」などは無かったに違いない。
 
 君の気持ちより、
 僕は僕の欺瞞な満足を充たしたかっただけなのか?
 いや、違う!
 でも、そんな言葉は君にはもう聞こえなかっただろう。

 愛しているからこそ言えない事も有る。
 今なら、そう思える事が
 あの日の僕には解らなかった。
 どれだけきれいに並べた百の言葉より
 ただ、君を抱きしめていたら・・・それで温もりを、気持ちを伝えられたのかも知れない。
 でも、きれい事で飾っただけの百の言葉は
 君の微かな希望さえ打ち砕くには十分過ぎるものだったのだろう。

 君の口から最後に出た言葉。
 「もう、私たち終わりね・・・」

 「そんなつもりじゃないんだ! 違うんだ! そんな意味じゃない!」
 僕の言葉は君には届かなかった。
 いや・・・気持ちを届けられなかったのは僕の方・・・


 君を失くして初めて解った君の存在の大きさ。
 失くした恋を忘れる為に遣う時間は愛した時間の3倍しても未だ足りない。
 それが解った時には全てが遅過ぎた。

 そして、
 僕にはもう一度君を迎えに行く勇気が無かった。
 どれだけの事を、君にどれだけの取り返しも付かない事をしてしまったのか
 解れば解るほど、君に伝える言葉も見付けられなかった。
 

 君をもう一度迎えに行く勇気が無かった僕だったけど、
 それから街を車で走るたびにいつも君を探していたんだ。
 
 君の乗るバス停。
 君が通う道。
 君の会社の近くを通る時はいつも最徐行だった。
 駅前の繁華街。
 2人で行った喫茶店。
 本屋、レコードショップ。
 デパートの前・・・
 
 君がどんな服を着ていても、
 何処を歩いていても、
 どんな後姿でも、
 例え、1万人の中にいても
 君だと分かる自信が有った。

 正直、僕は自分がこんなに女々しい男だとは思わなかったよ。
 でも、もし・・・
 もう一度、、もう一度だけでも君に会えたら
 僕さえ素直に気持ちを伝えられたらやりなおせるような気がしていた。
 でも、こんな偶然に頼ってでしか、君に気持ちを伝えられないなんて、
 君が知ったら、きっと軽蔑しかしないだろうな?
 それでも良い。
 例え、軽蔑されようと、嫌われようと、それは忘れられるよりはマシだと思っていた。


 それから、1年近く経ったある日。
 街を歩く君を見つけた。
 
 変わらない後姿。
 ひと目で君だと分かった。
 僕は君を追い越してから、車を路肩に停めると
 歩いてくる君の目の前に立った。

 「由美、ずっと探してたんだ。 会いたかった。」
 もし、会えたら何を言おうか、いつも考えていたのだが、
 口をついた言葉は在り来たりの言葉だけだった。
 君は驚いた顔で
 「たか・・・」
 「ホントに、ずっと会いたかった。 ちょっとで良い。 もう一度話が出来ないか?」
 
 君は俯いたまま、少しの間応えなかった。
 それから、顔を少し上げるとこう言った。
 「私ね、来年結婚するんだ。 お見合いしたの・・・」
 「えっ? 結婚? ホントに? そっか・・・」
 僕は言葉を失くした。
 自分勝手なのは十分分かっていた。
 「そっか・・・ じゃ、今は幸せなんだね?」
 そう訊く僕に君は
 「こんなものなんじゃない? それに優しい人だし・・・」
 
 優しい人・・・君のその言葉に僕は何を今更言えるだろう?
 僕は
 「そっか・・・ごめんな。急に呼び止めて。 じゃ、幸せにね・・・」
 そう言うのが精一杯だった。
 
 車に乗り込もうとした僕に君は
 「待ってたのよ。3ヶ月・・・ でも、たかは来なかった。
  だから、最後にもうひと晩思いっきり泣いて・・・そして諦めたの。
  もう戻れない・・・ごめんね・・・」


 それから更に1年が過ぎた。
 君の事は今でも僕の中でひとつの拘りになって引っ掛かっていて、
 まだ後にも先にも次の一歩が踏み出せないでいた。
 そんなある日、僕は友達の結婚式に出席をしていた。

 披露宴も中ほどになりなり、宴会が始まった。
 やがて、みんながそれぞれの知人の席に移動をしたり、新郎新婦に酒を注ぎに出始めた頃
 僕の隣の空いた席に君の親友の裕子が座った。

 「たかさん、久しぶり。」
 人懐っこい笑顔は昔と変わっていない。
 「元気してた? たかさん、結婚は?」
 以前は、良く由美と優子と3人でドライブに行ったりもしていた。
 「残念ながら未だだよ。 なかなか縁が無くってさ。 そう言う優子は?」
 苦笑いの僕に優子は続けて言った。
 「やっぱり、未だ由美の事が忘れられなかったりしてね?」
 「そんなんじゃないよ。 ホントにただ縁が無いだけさ。」
 「ふう〜ん・・・」
 優子は周りをチラッと見回した後で僕にこう言った。
 「私ね、この後6時からもう1件このホテルで披露宴が有るのよ。 誰だか解る?」
 「えっ?」
 「由美よ。 今頃は丁度上の控え室で着付けをしている頃ね。式は4時からって言ってたし。」

 僕は突然の優子の言葉に動揺して、一瞬頭の中が真っ白になった。
 「今日が結婚式? 由美が結婚する・・・」
 忘れていた気持ち、いや・・・忘れようとしていた気持ちがグルグルと心の中を駆け巡って暴れた。
 『どうする? どうすれば良い? まだ間に合うのか?
  いや、ダメだ! もう遅過ぎる! 彼女の幸福を壊す権利は俺には無い。
  彼女の親や親戚だっている。その前で彼女に恥をかかせるのか?
  それに、彼女は俺の事なんてもう忘れているだろう。
  もう、なんとも思っていないはずだ。 諦めたと言っていたじゃないか?
  やっと、幸福になろうとしている。 そんな彼女の幸福を俺はまた取り上げるのか?
  出来ない・・・
  でも、これは神様がくれた最後のチャンスかも知れないぞ!
  どうする? いや・・・ダメだ・・・ ダメだ!!』

 今思えば、
 それは由美の気持ちを察した優子がくれた最後のチャンスだったのかも知れない。
 僕が由美と別れた時も、
 優子は何度か僕の元に足を運んでくれて、色々と由美の気持ちを代弁してくれて諭してくれた。 
 でも、その時の俺は想いとは裏腹に聞く耳を持てなかった。
 諭されれば諭されるほど、妙な意地を張っていた。
 それっきり、優子も来る事は無くなっていた。

 それなのに、優子はわざわざ僕の隣の席に来て教えてくれた。
 最後のチャンス・・・
 でも、結局僕はまた何も出来なかった。


 最後のチャンスを目の前に、土俵にすら上がらなかった僕は
 「卒業」の映画の中のダスティン・ホフマンにはなれなかった。
 いや、チャンスは何度も有ったのだ。
 ただ、そのチャンスを掴む勇気が無かった。
 行動する為のたった少しの勇気さえ無かったのだ。
 そんな僕にはダスティン・ホフマンになる資格さえ無いと思った。
 僕は自分を責める事で、自分を正当化しようとしていたのかも知れない。

 それで良かったのか?
 間違いだったのか?
 それは未だ解らない。
 おそらくは、それは死ぬまで解らないだろう。
 ただ、後悔だけが20年経った今も心の中に燻っている。
 それだけは確かに言える・・・


 運命は変えられると誰かが言っていた。
 でも、チャンスを活かすには少しだけ前に踏み出す勇気が必要なのだと。
 それは、その時の僕には欠けていたもの。

 今なら・・・・





















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