卒 業





卒業式が終わった後

誰が言うともなく
仲間達がみんな軽音楽部の部室に集まった


授業に出ない日はあっても
部室に顔を出さない日はなかった

そんな大学4年間の思い出が詰まった部室


無造作に置かれた楽器
譜面のコピーとLPレコード
ロックスターのポスター

他愛のない話とタバコの煙


いつもと変わらない笑い声が響く部室


違うのは

みんな長かった髪を切り
着なれないスーツを着ていた事


ここを出たら
みんな離れ離れになっていく



「じゃあな」

いつもは簡単に言えた一言

今日は誰もが言いだしっぺになりたくなくて
とりとめのない話は続いた



陽も暮れかけた頃
1人が言った

「やっぱ、飲みに行くか!」

「お前、今夜の列車で帰るんじゃなかったのか?」

「いいよ、そんなの。 飲みに行こうぜ」


「そういや、お前は明日の飛行機だっけ?」

もう1人が私に言った

「ああ、その予定だよ」

「よし、そしたら今夜はみんなで朝まで飲もうぜ。
 明日はみんなで羽田まで送るよ」

「いいよ、そんな。
 いや、飲むはいいけどさ。
 みんなに見送られたら泣いちゃうべさ」

「あー、それ見てみたいよな? みんな」

「よせよ。
 どうせみんなで今度の酒の肴にする気だろ?」

「大丈夫、北海道までは聞こえやしないって」

「あのなぁ〜」



結局
自宅生はもちろん
今夜、他県の実家に帰るはずだった奴
東京での就職の為に
引き続きアパートに残る奴

そして、数人の後輩達が
私を送る為の送別会を開いてくれる事になった



中央線で新宿まで出て
とある居酒屋に入った

飲み始めるともう
いつもの飲み会になった


「そういえば、お前。
 ついにあの娘に告白出来なかったじゃん」

「えー、なんだよ。 だらしないなぁ〜」

「うるさいよ。 お前らみたいに軽くないんだよ」

「そう言うお前はあの娘とはどうするんだよ?」

「別に。 今まで通りに付き合うさ」

「だけど、離れちゃうじゃん。 大丈夫か?」

「あいつは浮気なんかしないよ」

「違うって、お前の方だよ」



とりとめのない話に大笑いをしながら
しかし、時間は確実に過ぎて行った



誰もが
いつでもまた会えるさと思いながら
誰もが
もう会えないだろうと思っていた

しかし
それを口に出す奴はいなかった



居酒屋を出ると
握手と一言を交わして
そして、何度も会釈をしながら
後輩達が帰っていった


その後は
残った仲間達7人で深夜喫茶に入った


「卒業かぁ〜 なんか、信じられないよな」

「ああ、来月からは毎日スーツを着て会社勤めだ」

「なんかさ、30歳になってる自分とか
 40、50歳になってる自分ってさ
 今までは想像出来なかったけど
 そのうち、気が付いたらそうなってたりするのかな」

「結婚して、子供が生まれたら・・・
 きっと、それで人生も決まっちゃうんだろうな」


「そう言えば、お前は就職受けてないけど
 どうするんだ?
 ギターで飯、食うのか?」

「そう出来ればいいけどね。
 とりあえずは、やれるとこまでやってみるさ」

「頑張れよな。
 俺達の中からそんな人間が出たら自慢になるぞ」

「俺もそうだなぁ〜
 飯はともかく、地元に戻ってもバンドやってたいな」

「そうだな。
 毎日仕事に追われて
 ただ歳を取って行くのだけは嫌だよな」

「ああ、そうだよな。
 どんなになっても
 いつも自分はちゃんと持っていたいよな」



始発の時刻頃になると
店内にいた客の足が少しづつ動き始めた


「もう始発の時間だな」

誰かがそう言った


「みんな、ありがとな」

私はそう言うと
仲間達に握手を求め
そして言った

「それじゃ、そろそろ行くわ。
 羽田に行ってキャンセル待ちで並ばなきゃ」

「じゃ、送るよ」

「いいって。 余計に帰り難くなるよ」

「泣いちゃうってか?」

「言っとけ」


「もし、また東京に来る事があれば連絡よこせよ」

「ああ、お前ももし北海道に来た時は
 素通りは無しだぜ。
 もてなしは出来ないかも知れないけど
 寝る場所くらいは貸すからさ」

「カニは無しかよ?」

「んなもん、北海道人だっていつも食ってないって」

「そういや、番犬の代わりに熊を飼ってるんだっけ?」

「誰だよ、それ。 そんな奴はいないってば」


「おいおい、そろそろ解放してやれよ。
 飛行機に乗れなくなったら可哀想じゃん」

「もし、乗れなかったら今夜は泊めてもらうぞ」

「嫌だよ、そしたらまた今夜も
 徹夜で送らなきゃならないじゃん」

「嫌か?」

「嫌じゃないけどさ。 でもな〜」

「それじゃ、いっそこっちで就職したら?」

「そうそう! そうするか?」

「そうはいかないよ。
 卒業したら北海道に帰るのは約束だからな」

「冗談だよ」

「ああ、分かってる・・・」






結局

仲間達とは
再び会う機会もないまま

仕事に追われ
生活に追われ

あれから30年が過ぎた


バラバラになった仲間達とは
今では年に一度の
年賀状の交換だけになったけど

きっと会えばいつでもすぐに
あの時代に戻れるだろう


髪形や体形は変わっていても
会えばすぐに分かるはずさ


青春の一時期
共に泣き、共に笑った仲間達

それは長い人生の中でみたら
取るに足らない程の短い一瞬だったかも知れない

でも
だからこそ
かけがいの無い仲間になれたのだと思う


想い出はいつも心の中にある
































inserted by FC2 system