「そうだったのか!」 〜とある童話のその後の話?〜








昔々
或る処にお爺さんとお婆さんが住んでいました。

お爺さんは若い頃は有名人で
数々の武勇伝を持った人物でした。

それらの活躍によって
将軍様から使い切れない程の褒美を貰い
今は隠居していますが生活は悠々自適の毎日です。

お婆さんは十六の時に人さらいに遭いましたが
そこを、まるでサスペンス映画のヒロインのように
お爺さんに助けられました。
そして、それが縁で二人は結婚をしました。

以来、何不自由なく幸せな毎日を過ごしていました。


ある時、都に鬼が出たと大騒ぎになりました。

鬼の数は数十人はいたでしょうか。
都の警備隊も全く歯が立たず鬼達は強奪のやり放題。


困った将軍様はお爺さんに使いを出しました。

『都に鬼どもが現れて好き放題の始末。
 多勢に無勢なるも我が警備隊は無念ながら鬼に歯が立たず。
 じくじたる思いも如何ともし難く。
 ついては、貴殿に加勢を乞いたく使いを遣わすもの也』

将軍様からの親書を読み終えたお爺さんは
お婆さんに声をかけました。

「これ、おらんか?」

「はい。ここに」

奥の部屋から出てきたお婆さんの手には
家紋の入った鉢巻と羽織袴
そして武具が抱えられていました。

「行かれるのでしょ?」

「おう。昔取った杵柄。
 老いたりと言えども
 まだ鬼どもには好き放題はさせられん」

「解っていますよ。ぜひお気を付けて。
 御武運をお祈り致しております」

そう言うとお婆さんは玄関先で火打石を弾いた。

「うむ。では行って参る」


お爺さんが都に向かって歩いていると
道の真ん中で待ち構えていた若武者がいました。

「翁、お久しゅうございます。
 犬山弥七にございます」

「おう。犬山の倅か?
 立派な若者になられたのう。
 で、どうした? こんなところで」

「父の命にて参上仕りました。
 ぜひ、私めをお供にして下さい」

「犬山め。相変わらず、義理堅い奴よのう」


二人が歩いていると
今度は脇の草むらから
一人の屈強そうな男が出て来ました。

「何奴!」

犬山がお爺さんをかばいながら
剣を向けると男は笑いながら応えた。

「相変わらず、血の気が多いな」

「おお! 雉嶋風太じゃないか!」

雉嶋はお爺さんの前に出ると膝をつき頭を下げた。

「父の命により、参上仕りました。
 猿田めも一緒にございます。
 おい、猿!」

「あはは、バレておったか」

そう声がしたかと思うと
小柄な俊敏そうな若者が木の上から飛び降りて来た。

「おお、猿田の倅、八兵衛か」

「翁には、変わらずお元気そうで。
 此度の戦には
 父がどうしても行くと行って効かなかったのですが
 昨秋より、腰を患っておりまして。
 何卒、此度は私めを共に加えて頂きたく」

「そうか。父上には大事にするよう伝えてくれ」

「はい。無事に帰りましたなら」

「うむ。それじゃ、都に急ぐ事としよう」


都が近づくにつれ
着の身着のままで逃げ惑う幾多の人々とすれ違った。

その中の一人が一行に声をかけた。

「お侍さん、都に行くのは止めた方が良いですだ。
 今、鬼どもが好き放題暴れておりますで」

「そんなに酷いのか?」

「はい。強奪を繰り返しては
 片っ端から火を点けております。
 もう、都は荒れ放題・・・
 酷い有様です。何と、悔しい」

男は涙ながらに拳を握り締めた。

「そうか。苦労をかけたな。
 もう少しの辛抱じゃ。
 気を付けて逃げるが良い。
 良し、皆の者。急ぐぞ!」

お爺さんがそう言うと男達は気勢を上げた。


一行が都に着くと
あちらこちらから火の手が上がっていた。

「おお、これは酷い」

「聞きしに勝る荒様だな」

「鬼は何処じゃ!」

「おう、あそこから又、火の手が!
 あそこにおるに違いない!」


火の手の上がった方に向かうと
果たして、そこには
数十人の鬼達がまさに暴れ回っていた。


「おい、待て! これ以上の好き勝手は許さん!」

犬山が声をかけると一人の鬼が降り向いて
不気味な笑いを浮かべた。

「なんだ、お前ら。
 余程、命が惜しくないと見える。
 ふん。どうせ警備隊も物足りないと思ってた処だ。
 遊びには丁度良いわ」

「何? 遊びだと?」

「ふっふぁっふぁ。おい、新しい獲物だぞ。
 みんな、遊んで差し上げろ!」

鬼が仲間に声をかけると
近くにいた数人の鬼達が集まってきて
四人を取り囲んだ。

「なんだ、こいつら。
 年寄りと若造じゃねぇか」

「ふん。皆でやるこたぁねぇ。
 俺一人で十分だ」

一人の鬼が棍棒を振り回して四人に迫って来た。

「気を付けろ!」

犬山が二人の若者に声をかけた。

「おう、任せておけ」

「猿! 翁をお守りしろ!」

「おう。翁、さぁ、こちらへ」

「いや、私の事は良い。
 それより、ここを早く片付けよう」

「はっ。良し、お前ら、行くぞ!」

「おう!」

犬山と雉嶋が鬼達に切りかかって行った。

犬山は手裏剣の名手。
幾多の風車を操るが如く手裏剣を巧みに操った。
雉嶋は剣の達人である。
かつて退治をした敵方より献上された大太刀『鬼若』を
翁が雉嶋の父に譲り
雉嶋家ではそれを家宝として今は雉嶋風太が父より継いでいた。

「な、なんだ! こいつら、強いぞ!」

「わー、逃げろ。親方を呼んで来い!」

犬山と雉嶋、二人の若武者の活躍によって鬼達は散り散りに逃げて行った。


「ふん。口ほどにも無い。
 こんな奴らに歯が立たないとは警備隊も落ちたものだな」

「これ、そう言う事を言うものではない」

翁は若者を窘めた。

「はっ、すみません・・・つい」


「どいつだ? 俺達に刃向かおうってのは?
 お前らか?」

今までの鬼とは違う地響きのような野太い声がした。

一行が振り返ると
そこには、さっきの鬼の倍はあるだろうか?
大きな赤鬼と青鬼が仁王立ちをしていた。

「へっ。ひと暴れをして丁度腹が空いていた処だ。
 お前たちは俺様が喰ってやるわい」

赤鬼が言った。

「おい、一匹ぐらいは俺にも回してくれよな」

ニヤニヤ笑いながら青鬼がそう応えた。


「そーれ!」

身の丈もあろう大きな棍棒をブンブン振り回しながら
赤鬼は一行にゆっくりと近づいて来た。

「それ、どうした?
 怖くて足が動かんか?
 ふぁっ、ふぁっふぁー!」


「おい、気を付けろ。
 今までの鬼とは桁が違うぞ!」

犬山が雉嶋と猿田に声をかけた。

「なぁに。大きいのは図体だけさ。
 見てろよ。 それっ!」

雉嶋は身軽に宙を舞うと
赤鬼の頭上目がけて大太刀を振り下ろした。

「しゃらくさい!」

赤鬼が棍棒を一閃するところ
雉嶋は寸での処で身をかわした。

「くそっ!」

「雉、三人かかりだ!
 猿、行くぞ!」

「おう!」

猿田八兵衛は火薬玉の名手であった。

「それ、これでもくらえ!」

鬼の目の前で炸裂する火花。
だが、それでひるむ赤鬼では無かった。

「しゃらくせぇ!」

「な、こいつ化け物か!」

「へっ、それじゃ、こっちもいくぜ!」

「みんな、気を付けろ!」

「おお!」

「それっ!」


数十分に渡って一進一退の攻防が続いた。


「くそ、こいつら。ちょこちょことしやがって。
 おい、青鬼、お前も見てないで手伝え!」

「なんだ、赤鬼の。ひと捻りじゃなかったのかい?
 仕方ない、俺様がいっちょかましてやるわ」

高みの見物を決め込んでいた青鬼が
やおら若者三人を鋭い眼光で睨み付けると
長い棍棒を両手で振り回しながら一向に向かって走り寄って来た。


「おい、気を付けろ!」

「おう!」

「い、行くぜ!」


若者三人が身構えたその時だった。
後ろから鋭い声がした。

「鬼の弱点は目と脛じゃ!」


その声に反応したのは青鬼だった。

「な、何奴!?」

青鬼が見たその先には精悍な大柄な老人が立っていた。


「なっ・・・その声は・・・
 そ、その鉢巻の桃の紋様・・・もしや?」

青鬼はギョッとして老人の顔をまじまじと見た。

「老いたりとは言え、このワシの顔を忘れるとは
 お主らは全然懲りておらんようだな」

「も、桃太郎!」

そう叫んだのは赤鬼だった。

「ははぁ!」

そう呻くが早いか
赤鬼はそのまま地面にひれ伏した。
続いて青鬼も従うようにひれ伏した。


「赤鬼、青鬼よ。
 かつてのワシとの約束を忘れたか?」

「いえ、滅相もございませぬ!」

「それでは、この有様は如何とするのじゃ?」

「そ、それは・・・」

口ごもる青鬼の頭を押さえつけるようにして
赤鬼がまたひれ伏した。
そして、またゆっくりと顔を上げると
神妙な顔で話始めた。

「も、申し訳ございませぬ!
 我らも昨年までは桃太郎様の言い付けを守り
 鬼が島で穏やかな生活をしておりました。
 ところが、今年に入ってからの悪天候の為
 島の食べ物も底を尽きるに至ると
 若衆の不満が噴出いたしまして・・・
 ふと、遠眼鏡で都を見れば
 あまりに島とは違う豊かな様子。
 我先にと走り出した若衆を留める事は出来ませなんだ。
 桃太郎様!
 ど、どうかお許し下さいませ!」

「うむ。それは解らんでもない。
 だが、少々やり過ぎたのう?」

「ははぁ!」

赤鬼と青鬼は再び大仰にひれ伏した。

「して、この始末はどう付けるつもりじゃ?」

「そ、それは・・・」

口ごもる赤鬼の横から青鬼が申し出た。

「我らが命と引き換えにしても
 奪った物は責任を持ってお返し致します。
 付け火の始末は我らが若衆に元通りに都を再建させましょう。
 なぁ、赤鬼の?」

「はい、我らが責任において必ずや!」



それからまもなく鬼達の手によって都の再建が始まりました。
その出来栄えは元の都よりは遥かに立派なものとなったのです。

都の住人は鬼達の働きに感謝をして
南の大門の左右にそれぞれ赤鬼・青鬼の像を建立し
やがて、それらは
阿形金剛力士像、吽形金剛力士像と呼ばれるようになり
この二つが「対」を為していたところから
「阿吽(あうん)」と言う言葉が生まれた・・・とか、違うとか?


都の再建が完成間近になった頃
桃太郎は将軍に城に招かれました。
そこで桃太郎は三人の若者を従えて登城しました。


「将軍様に於かれましてはご機嫌麗しゅうございます」

「おう、桃太郎。此度はご苦労であった」

「はっ、有りがたき幸せ」

「都もどうやら元通り・・・いや、元より立派になったようじゃ。
 これもそちの働きよのう」

「いえ、滅相もございません」

「その方らもご苦労であった」

三人の若者は恐縮をしてひれ伏した。

「はは。有りがたきお言葉」

「して、褒美をいろいろと考えたのじゃが・・・」

将軍が言うのを遮るように桃太郎は言った。

「将軍様には、もう十分の褒美は頂いておりまする。
 これ以上、貰ったところで使い切れませぬ。
 死んでまで持っても行けませぬゆえ」

「相変わらず欲が無いのう。
 父上が申しおった通りじゃ。
 だが、父上の代より奉公し数々の武勲。
 此度も然り。
 それを余が何も無しでは父上に申し開きが出来ぬ。
 どうじゃ、何か欲しいものは無いか?」

しばらく考えてから桃太郎は言った。

「それでは、此度の戦で立派に働いてくれた
 我が手の若者三名をぜひ将軍様の家臣としてお召頂ければと」

「ふむ。たやすい御用じゃ。
 でも、それくらいでは・・・
 おー、そうじゃ!」

将軍は両の手をポンと打つと脇の家臣に申し付けた。

「おい、アレを」

ほどなく奥から戻った家臣は
立派な金箔を張りつめた漆の箱を
仰々しく桃太郎の前に差し出した。

「これは?」

「開けてみるが良い」

桃太郎が箱を開けると
そこには金箔で飾られた桃の紋章が付いた印籠が入れられていた。

「おー、何と立派な」

「それは余からそちへの天下御免の印籠じゃ。
 これから何処へ行こうが、何をしようが
 それらは全て余のする事と同じ意なり。
 そう言う事じゃ。
 どうじゃ、これから少しはゆっくり奥方と温泉旅でもしてみたら?」

「はは、有りがたき幸せ!」



お城を出た桃太郎は何やら考え事をしながら
鬼達の作業現場に向かった。
もちろん、若者三名も一緒である。


「おお、これはこれは、桃太郎様」

「精が出るのう。立派な都が再建出来たと将軍様もお喜びじゃったぞ」

「ははぁ。まぁ、ワシらが本気を出せばこんなもんですじゃ」

「おいおい、青鬼の。あまり調子に乗るでないぞ。
 桃太郎様の前じゃ」

「いやいや、気にせんで良い。
 ところで、お前達はこれが終わったらどうするつもりじゃ?」

「どうって・・・そりゃ、島に帰ります。
 そして、大人しく平和に暮らせたらと思っておりますだ」

「そうか。どうじゃ、二人とも、私と旅に出てみんか?」

「旅に?」

「そうじゃ。世の中にはまだまだ鬼達よりも・・・
 おう、これは失敬だったな」

「いえ、滅相も」

「鬼達よりも性質の悪い人間が多いようじゃ。
 私と旅をして少しでも世直しの役に立たんか?
 私もこれが最後の御奉公になるじゃろ」

「そんな・・・ワシ達で良いんですかい?」

そこへ犬山が口を挟んだ。

「翁、それでしたら私めがお供致します!」

「はい、私もです!」

「それなら俺も!」

三名の若者は口々に桃太郎に申し出た。

「いや、お主らは将軍様へのご奉公があろう」

「ですが・・・」

「良いか?
 将軍様にお仕えをする機会など滅多にあるものではない。
 お主らの父上は皆立派な武士ではあったが
 一度たりとも将軍様にお仕えをした事は無かったのだ」

「ですが、それは将軍様より翁に仕えんが為。
 父上は翁にお仕えをし幸せだったと
 常々申しておりました」

「だからじゃ。
 せめてお主らを立派に奉公させたいのじゃ。
 それがお主らの父君への報いじゃ」

「へへ、どうじゃ?
 お主らは大人しくお城に奉公しておれば良いのじゃ。
 桃太郎様はワシらがお守りをするから安心してな」

自慢気に言う赤鬼。

「何を!」

犬山が赤鬼に喰ってかかろうとしたところを
寸でのところで雉嶋と猿田に抑えられた。

「お前ら、それで良いのか?」

「しかし・・・」


桃太郎は赤鬼、青鬼をしげしげと見ながら言った。

「だが、お前達。その姿では民が怖がるな。
 確か・・・家に打ちでの小槌があったはずじゃな。
 それで人間の格好になってもらうぞ」

「ワシらが人間の格好ですかい?」

「まぁ、仕方なかろう。
 みんなに怖がられたら桃太郎様にご迷惑じゃ」

「うむ。それで名だが・・・
 赤鬼よ。そちはこれから風格、品格と言う物を学ぶのじゃ。
 而して、名は・・・そう、格之進。格さんでどうじゃ?」

「おお、格之進! はは、有りがたきお言葉」

「じゃあ、ワシは?」

青鬼は訊いたのに赤鬼が答えた。

「お前はスケベだから『助さん』でよかろう?
 わっはっは」

「何だと!」

「これこれ、止めなさい。
 までも、それでよかろう」
 
「そ、そんなぁ〜」

青鬼は情けない顔で言った。

「助三郎じゃ。助平ではなくて人を助ける男になるのじゃぞ」

「あっ、はい! 有りがたきお言葉!
 どうじゃ、赤鬼の? 助平では無いとよ」

「どうかな」

「何を!」

「これこれ、いい加減にせんか」

「それじゃ桃太郎様は何とお呼びをすれば?」

「うむ。そうじゃな。
 私の家は黄桃の門と呼ばれておるから『黄門』で良かろう。
 最早、さほど名前に執着も無いわ」

「おお、黄門様。それはそれは!」

「よし、決まりじゃ」

「で、黄門様。旅立ちはいつ?」

「その方らの手が空き次第ではどうかの?」

「はい。それでしたらすぐにも!」

そのやり取りを聞いていた若者達は矢も盾も溜まらず口を挟んだ。

「翁! やっぱり解せませぬ!
 私達は父の代より翁に仕えて参りました。
 それが父の誇りでもあり私達の誇りでもありました。
 それを鬼どもにその役を奪われたとあっては
 父に合わせる顔がありませぬ!」

「犬山の。私もそちらの父上の恩は忘れてはおらぬ。
 だからこそなのじゃ。
 お主ら三名はしっかりと将軍様に支えるのじゃ。
 それが親孝行なのだぞ」

「翁!」

「だが・・・そうじゃな。
 休みが取れたらいつでも来るが良い。
 犬山の。そちは手裏剣の名手じゃったのう。
 そちは今日から私の前では『風車の弥七』じゃ。
 雉嶋は鬼若の使い手。
 そちは『風の鬼若』じゃ」

「じゃ、私は?」

わくわくした目を輝かせて猿田が訊いた。

「そうじゃのう。
 そちはおっちょこちょいだから『うっかり八兵衛』かな?」

「わはは。良い名を貰ったのう?」

「よせやい。
 翁、もっと他に良い名があるでしょうが」

「いやいや、お前にピッタリだぞ」

赤鬼がニヤリと笑った。

「もう!」

「わはは」

「あはは」

一同、大爆笑の図。



かくして、黄門様一行の世直しの旅
つまりは諸国漫遊が始まった。

その話は又、いつか。


諸国漫遊のエピソードの数々は
その後、広く民衆の知るところとなり
後世に長く語り継がれて
やがて20世紀の日本では
「水戸黄門」としてテレビでドラマ化される事になった。

視聴者はみんな
作り物の娯楽時代劇だと思っていたようですが
本当はこんな話のこんなキッカケがそもそもだったのです。


あー、もちろん嘘ですがね(笑)












































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