手 帳







親は生まれた時から親なんだと思っていた


物心ついた時から
親はお互いの事を
「お父さん」「お母さん」
って呼んでいたし
それはとても自然に思えた



あれは
今から20年くらい前になるだろうか

母親が亡くなる
多分、1年くらい前の事だったと思う




数年間の闘病の末
一時は癌が治って

「この後、5年経って再発しなければ
 もう大丈夫ですよ」

そう、医者から言われて
それから丁度5年経った頃に母親の癌が再発をした

そして
母親は旭川医大に再入院をした



その頃の実家は
公務員だった親父の転勤で中頓別にあった

親父と母親の2人暮らし

母親の入院中
親父は独りで仕事に通い家事をこなしていた


私は当時は同じ旭川市内に住んでいたのだけど
仕事が忙しく不規則だった為
平日は見舞いには行けなかったので
週末、休みになる度に
母親の入院をする医大に見舞いに通っていた



そんなある時
親父の同僚の人から電話があった

「お父さんが旭川の日赤病院に入院したから」

「えっ!? なんで?」


私は
大急ぎで日赤病院に向かった


足首の骨折で全治約3か月


何でも
役所のレクレーションのソフトボール大会で
歳も考えずに無理をして走って
2塁にスライディングをして
骨折をしたと言う話だった


親父の申し訳なさそうな顔

取りあえずは
命がどうのって事では無かったのもあって
私は怒り心頭で親父を詰った

「お母さんがこんな時に何をやってるんだよ!」



それから
私は週末の度に
親父の入院している日赤病院に行き
それから母親の入院をしている医大病院に通った


親父のたっての願いで
母親には親父の入院はしばらくは内緒にしていた

自分が大変な時でさえ
自分の事より
私や親父の事ばかりを心配している母親だったから
まして、親父が入院をしているなんて
親父に言われなくても私には言えなかったのだが・・・




ある時
親父に頼まれて家に書類を取りに行く事になった

3時間半〜4時間くらい車を走らせて
実家に着いた私は
家に入ると茶ダンスの引き出しを捜した

その書類は
居間の茶ダンスの真ん中の列の
何処かに入っていると言う事だった


「ん〜 何処だ?
 ここじゃない・・・
 あっ、こっちか?」


2段目の引き出しを開けた時
そこに黒い手帳が入っていた

一緒には住んでいなかったが
実家には何度も帰っていたし
その引き出しも爪切りなどを入れてあったので
今までも何度も開けた事はあったのだが
その手帳を見たのは初めてだった


その手帳は
縁が少しヘタってよれていた

何年も使っていたのか
或いは、古い物らしかった


私は

『いくらなんでも勝手に見たら不味いよなぁ〜』

って思いながらも
気になって
パラパラとめくっていった


親父らしい丁寧な字で色々と書いてあった


何枚かめくっていくと
ふと、その中の1ページに目が留まった


”○月×日
 今日は**さんと新婚旅行に行く日だ・・・”


それは親父の古い日記だった


母親との結婚
そして新婚旅行

丁度、その頃に親父が書いた日記



読んでいるうちに自然と涙が溢れてきた



母親が入院をして独りで家にいた時に
親父はどんな想いで
この日記を読み返していたのだろう?


いつもはこの引き出しに
入れていなかったはずなのだから
親父は何処かに仕舞ってあったこの日記を
多分、独りでいる時に
出してきては読み返していたのだろう


いつ治るか分らない妻の病気
治らないかも知れないと言う不安

そんな中で
親父は幸せだった頃を思い出していたのだろうか?

そう思うと
何だか切なくなって涙が止まらなかった


でも
反面、嬉しくもあった


親父と母親にもこんな時代があったのだ!


当り前のように
初々しくて
当たり前のように
男と女で・・・


そう

親父と母親だって
最初っから親だった訳では無かったのだ!


恋をして
結婚をして
そして私が生まれた


そう

親父と母親だって
最初っから
「お父さん」「お母さん」だった訳じゃない!


そう思うと
それはとても嬉しい事に思えたのだ



旭川に帰る車中
私はふと思った

『親父の奴
 もしかしたら
 母親が入院をしている近くに居たくって
 ワザと骨折をしたんじゃないだろうな?』


私は親父を詰った事を少しだけ後悔をした


『帰ったら少しは優しい声をかけてやるかな』


今の親父からは想像も出来ないけど
親父がどんな嬉しそうな顔で
あの日記を書いていたのかなって思うと
私も何だか嬉しい気分になった

そう
親父も母親も
決して、
生まれた時から親だった訳では無かったのだ




母親が亡くなって19回目の夏がくる


親父には今でも骨折入院の真相は訊いてはいない

誰にだって
自分の心の中に
大切に仕舞っておきたい事もあるのだろうから






























inserted by FC2 system