夢乃的”戯文”創作民話 第1話 『つるの恩返し』





ある冬の日の午後

与ひょうは町に薪を売りに行き
その帰りを急いでいました

『さぁ、遅くなったぞ。
 冬の山は天気が変わりやすい。
 明るいうちに山を越えておかなきゃな』


与ひょうが峠の山道を歩いていると
何処からか声がしました

“助けてください・・・”

『ん? 誰だ?』

与ひょうが周りを見渡しても誰もいません

『おかしいなぁ、気のせいか・・・』

するとまた

“お願いです・・・助けてください・・・”

声がする方を良く見てみると
林の中で
一羽の鶴が山ブドウのツルに絡まれていました

「やいやい!
 てめえ、人の肩にぶつかっておいて知らん顔かよ!」

いやいや、その絡むじゃないでしょ(笑)


「これはまた良く絡まってるもんだ。
 よしよし、すぐにほどいてやるからな」

絡まったつるをほどいてやると
鶴は一目散に飛んで行ってしまいました

お礼も言わずに・・・

「やれやれ、世知辛い世の中になったもんだ。
 助けてやったのにお礼も無しかい?
 昔、爺様に聴いた
 『つるの恩返し』とまではいかなくたって
 せめて、愛想のひとつくらいしていってもなぁ〜
 所詮は昔話って訳か・・・
 おっと、いけない。
 すっかり時間を食ってしまったぞ。
 急いで山を降りなければ」

うす暗くなりかけた峠の道を与ひょうは急ぎました



その夜の事です


”コンコン”

誰かが戸を叩いています

「誰だ? こんな遅くに」

するとまた

”コンコン”

「はいはい、いったい何だって言うんだ」


ブツブツ文句を言いながら
与ひょうが戸を開けると
そこには美しい娘が立っていました

「私はつうと申します。
 夜分に申し訳ありません。
 道に迷ってしまいました。
 どうか今夜だけ、泊めていただけないでしょうか?」

『ん? 何処かで聞いたような展開だが・・・
 つう? まさか・・・?』

見たところ、つうは明らかに良家のお嬢様風
いや、お姫様にも見えるくらい
つうには凛とした気品が溢れていました

『こんなところにお姫様が一人で歩いて来る訳がない』

与ひょうは内心ニヤッとしました

『もしかして、昼間の鶴が恩返しに来たのか?
 ふふ、俺にも運が向いてきたってか』


「さぁさ、汚いところだけど
 こっちへ入って暖まってくれ」

つうを手招きすると
与ひょうは残っていた味噌汁を温めて
つうに食べさせました

「どうだい? 少しは温まったかい?」

「はい、ありがとうございました。
 お陰で生きた心地が戻りました」

「そうかい、それは良かった。」


『ここで、こう言うに違いない。
 ”お礼に織物を織って差し上げましょう。
  その代わり、私が織っている間は
  決して戸を開けないようにして下さい”
 ってな』

「あの〜」

『ほら、きた!』

与ひょうは小躍りしたくなるのを抑えて言いました

「ん? どうしたい?」

「あの、お礼に織物を織って差し上げたいのですが
 機織り機はあるでしょうか?」

「機織り機?」

『しまった! うちには機織り機なんて無いぞ!』


焦った与ひょうは思案に暮れました


「あの、どうしました?」

「い、いや、べっ、別に・・・
 そうそう! 機織り機ね?
 いやぁ〜 今、丁度買おうかと思ってたんだ」

「本当ですか?」

「あぁ、本当さ。
 だから、機織り機が来るまで
 ここでゆっくりしていったら良いよ。
 で、機織り機って言っても色々だ。
 どんなのが良いんだい?」

「私は豊田印の機織り機を愛用していました。
 だから、それだと使い慣れているんですけど・・・」

「けど?」

「はい、ですが、けっこうお高いんです。
 だから、そんな無理はして頂かなくても・・・」

「高いってどれだけするんだい?」

「あっ、あれでございます」

見ると、丁度
豊田印の機織り機のテレビショッピングをやっていました


”豊田印の高級機織り機は
な、な、なんと! あの織姫様もご愛用♪

 アレもコレもついて
 値段は150万のところ
 今なら2割引で、驚きの120万円!

 分割払いだと月々たったの6万円です
 もちろん、20回まで金利は当社が負担します

 ご利用は今すぐ! お電話で!!”


「ひっ、120万円!?」

与ひょうはあまりの高さに驚きました

「い、いや・・120万円は・・・ちょっとなぁ・・・」

「はい、ですから、お高いと」

「お前さんはあんな高級なのを使っていたのかい?」

「はい、安い機織り機もあるんですけど
 仕上がりが全然違うんです。
 織物の売値でも5倍は高く売れるんです」

「5倍?」


与ひょうは頭の中で素早く計算を始めました

普段はともかく
お金が絡むと与ひょうの頭は良く回転します

「材料はどうせ、鶴の羽だろうから仕入れはタダだよな。
 すると、売ったら売っただけ儲けって訳だ。」

与ひょうはしばらくジッと考えていましたが
良しと頷くと
つうに言いました

「良し、それにしよう!
 早速、注文するよ!」


翌日の夕方
注文した機織り機が届きました

『おー、昨日の今日でもう届いたんだな。
 全く、便利は世の中になったもんだ。
 おっと、早速つうに織物を織らせるとしよう』

「つう、見てごらん。
 これで良いのか?」

「はい、ありがとうございます。
 では早速織物を織りましょう。
 ですが・・・」

「分かってるって。
 お前さんが織物を織っている間は
 見ちゃいけないんだろ?」

「はっ、はい。 でも、何故それを?」

「いやぁ〜」

与ひょうは内心ドギマギです

『そうだ、俺がつうは鶴だと知っている事は
 内緒にしておかなきゃな』

「いや、それは・・・だ
 そうそう、誰だって仕事中は集中したいもんだからさ」

「はい、ありがとうございます。
 では・・・早速使わせてもらいますね」


そう言うと
つうは機織り機を置いた隣の部屋と入って行って
そして、静かに戸を閉めたのでした
 

『ふふふ、これで俺も大金持ちだ♪
 後は出来るのを待つだけ。』 


ところが1時間経っても、2時間経っても
一向に機織り機が動く音がしません

『変だなぁ〜 いくらなんでも静か過ぎやしないか?』

与ひょうは心配になりました

ですが
ここで戸を開けてしまっては
”鶴の恩返し”の二の舞です

『落ちつけよ〜自分!
 もしかしたら
 羽を抜くのに時間がかかっているのかも知れない。
 なんせ、自分の羽だ。
 そりゃ、時間もかかるってもんだわな』


それから、もう1時間、また1時間

つうが隣の部屋に入ってから
もう既に4時間が経過しています

『どうしたもんだ?』

与ひょうは
隣の部屋を見たい気持ちを抑えられなくなりました

『いくらなんでも変だぞ!
 良し、こっそりと覗いてみるか。
 バレたらバレたで、無理矢理でも作らせたら良いべ』

与ひょうが戸の隙間から覗こうとした時でした

何か、声が聴こえて来ました


”あん♪ いやん♪ うぅ・・・うっ
 あっ 痛っ! あん♪”

『な、何だ? あの色っぽい声は!?』

与ひょうがたまりかねてドアを開けると・・・


つうが脚の無駄毛の処理をしていました


「見てしまったのね」

「い、いや、それは・・・」

「これでお別れです。 さよなら」

「ちょ、ちょっと! まだ何も織ってないじゃん」

「だって、恥ずかしいとこを見られちゃったしぃ〜
 もう、ここにはいられないわ」


そう言うとつうは部屋を飛び出しました

「おい、待て! つう! おい! 待ってってば!」


実は
つうは与ひょうが助けた鶴ではありませんでした
そんな民話や童話みたいな美味い話がそうある訳はありません


家を出て一目散に走り去るつう

追いかける与ひょう


つうにもう少しで手が届くと思った瞬間

つうは鶴の姿に変わって空高く飛び立ちました

それでも与ひょうは
そう簡単に諦める訳にはいきません

逃がしてたまるかと必死に追いかけます

なんせ
120万円のローンが残っているのですから
与ひょうも、そりゃ必死になります


「おい、こらっ! 待てってば!
 あの機織り機はどうするんだよ?
 せめて、一反でも織って行ってくれよ〜!」

与ひょうは追いかけながら
もう半べそです

ですが
空を飛ぶ鶴に追いつくはずもありません

鶴の姿は段々と小さくなって行きました
もう与ひょうの声も叫びも届かないでしょう

それでも、与ひょうは夢中で追いかけ続けました

追いかけている内に
辺りはすっかりと薄暗くなっていました

それでも、与ひょうは走り続けました


追いかけるのに夢中になっていた与ひょうは
その先に崖があるのをすっかり忘れていました

「あっ、しまった!」

思った瞬間
与ひょうは崖から滑り落ちてしまいました


『もうダメだ! 俺は死ぬんだ!!』



その時です

シュルシュルと音がしたかと思ったら
誰かが与ひょうの足を掴みました

「な、何だ? 俺は助かったのか?」

落ちたら確実に死ぬと思われるほど高い崖です
その崖の途中で与ひょうは宙ブラになったままでしたが
少なくとも
崖下に転落するのだけは間逃れたようです


「な、何んだ? 誰が助けてくれたんだ?」

そう思った時
足元から声がしました


”わたしはあの時助けて頂いた山ブドウのつるです。
 あなたに助けられた恩をいつか返そうと
 ここで待っていました”


「つる? つるって・・
 つる? えーっ? そっち!?」





人間、欲を掻いちゃいけません
そして
思い込みだけで先走りをするものいけないと言う話です

”捕らぬ狸の何とやら”

昔の人は上手い事を言ったものです


えっ?
その後の与ひょうですか?


それがねぇ〜

人間、やっぱり良い事はしておくものです


本当は鶴を助けようとして
結果的に
たまたま助けた山ブドウのつるなんですが
実はこれが山の神様の御用達のブドウでしてね

そりゃ、美味しいブドウの実をたくさん付けたんです

それで作ったワインが
町で大評判になりましてね

今では蔵を8つも持つ程の
超有名ワイナリーになって
与ひょうも大金持ちになったそうですよ

これが本当の
”つるの恩返し”ってところでしょうかね







































inserted by FC2 system