茶飲み友達








「お互いに今は一緒にはなれないけど
 いつか二人が歳を取った時
 お茶飲み友達になれたら良いね。
 私達、良いお茶飲み友達になれると思うんだ。
 二人して縁側に並んで座ってさ。
 渋茶を啜りながら
 あなたが買って来てくれた
 羊羹を食べながら私は言うの。
 『やっぱりとらやの羊羹の方が美味しいわ』って」

「おいおい」

思わず苦笑いの俺。

「わかったよ。羊羹ならとらやにするよ」

「当然よ」

「でも、俺はシュークリームにするかもよ」

「ダメよ。渋茶には羊羹なの!」

「紅茶とか珈琲って選択肢はないの?」

「ないわね。
 あなたって絶対
 そんなハイカラなおじいさんになってないもの」

「おーい! もしもしぃ〜?(笑)
 相変わらず失礼な奴だなぁ〜
 じゃ、お前も
 渋茶の似合うばーちゃんになってるってことじゃん」

「かもね。ガッカリする?」

「さてねぇ〜
 でも、元々、顔で好きになった訳じゃないしな」

「えっ? 違うの?
 ガーン・・・大ショック」

「嘘つけ」

俺がそう言うと二人は顔を見合わせて笑った。


時間は夜の九時半を過ぎていた。
閉店間際の喫茶店には俺達の他には客はいなかった。

カウンターの中ではマスターが
新聞を読みながらヒマそうに煙草をふかしていた。

俺達は窓際の奥の席で向かい合いながら座っていた。


「でも、ホント・・・」

「何?」

「こうしてお前と話しているとホッとするんだよな」

「うん、それは私も同じ。
 初めて会った時から初めてって気がしなかった」

「そうなんだよなぁ〜
 こんな俺みたいな純情、素朴で無口な好青年がさ。
 初めて会った時にでも緊張しなかったんだよな」

「あれ〜? それってどう言う意味かな?
 <好青年>は聴こえなかったけど(笑)」

「聴こえてんじゃん(笑)
 でも、そう言う意味だよ」

「もしかして私を女として見てなかった?」

「いや、メールでの会話以上に魅力的だったよ」

「あら、嬉しい。
 でも、五十も過ぎてるのに好青年は
 ちょっと図々しくない?(笑)」

「良いんだよ。気は心って言うだろ?」

「それってそう使う?(笑)
 でも・・・確かに
 メールでの会話もお互いほとんど<素>だったよね?」

「そうだね。
 良い意味でだけど
 お前とはいつだって気を遣わないで話せたよ」

「うん」

「俺さ。女性と話している時
 言葉が止まって変な沈黙になるのがすっごい苦手でさ。
 『何か喋らなきゃ』って思えば思うほど
 言葉って出てこないんだよな。
 でも、お前と一緒の時は違ったんだ。
 会話が止まった時でもさ。
 それで別に空気が冷え込んだりしなかった。
 ただ、<ここ>に居て良いんだ。
 そんな気がして楽だった」

「私が良いフォローをしてたからね」

お前はわざと大袈裟にドヤ顔をして見せた。

「はいはい、ありがとうごぜぇますだぁ〜」

そう言うと俺も調子を合わせて
わざと大袈裟にテーブルに付くくらい頭を下げた。

「でも・・・」

「ん?」

俺が顔を上げるとお前は続けた。

「私もあなたといると
 不思議なほどいつも自然体でいられたの。
 それまでの繕っていた自分じゃなくて」

「うん、解るよ。
 自分らしい自分っていられるっていうか・・・ね」

「そう。でも、考えたら・・・
 あなたに乗せられて変なことも随分書いた気がするわ」

「変なことって?」

「もう、意地悪!」

「あはは」

「恥ずかしいからメールはすぐに消しておいてよね。
 あなたのメールはずっと残しておくけど」

「おいおい、それじゃ俺だって残しておきたいよ」

「ダ〜〜〜メ! 証拠が残っちゃう。
 もし、あなたに何かあって
 奥様が携帯を見ちゃったらマズいでしょ?」

「そりゃそうだけど・・・
 でも、それを言うならお前だってそうじゃん?
 旦那さんだって見るかも知れないだろ?」

「私は大丈夫。
 携帯を良く仕込んであるから
 もし私に何かあったらその時点で携帯も爆発するの。
 多分ね」

そう言うとお前は悪戯っぽく笑った。

「なんだそれ?(笑)」

俺は残った珈琲を飲み干そうとカップを持ち上げたが
すぐに残っていないことに気が付いて
そのまま黙ってカップを置いた。

「もう一杯頼む?」

「いや、よしておくよ。
 ミルクの代わりに
 未練がたっぷり入った珈琲が出てきそうだから」

「・・・」

俺は腕時計を見ながら言った。

「もうそろそろ閉店の時間かな」

お前は顔をこっちに近づけると
少し声を潜めながら囁くように言った。

「ねぇ、<あの客はまだ帰らないのかな?>
 みたいな顔で
 さっきから何度もマスターがこっちを見てるわ。
 <あいつらが帰ったらすぐに店を閉められるのに>
 みたいな?
 やっぱり頼まないで正解だったかも」

「そうだな。そろそろ出るか。
 それにしても」

俺は恨めしそうに左手首の腕時計をポンと叩いて言った。

「さっきから時計の針を止めようとしているのに
 このボロ腕時計はちっとも言うことを聞かないんだよな」

「ふふ、私も同じことを考えてたわ」

「・・・」

「あっ、ダメよ。決めたことなんだから」

「あぁ、そうだな。ごめん・・・」

「いやだ、止めてよ。そういうの苦手」

「うん・・・」


俺達は席を立つと支払いを済ませて店の外に出た。


「じゃ、これ私の珈琲代」

そう言うとお前は
財布からちょっきりの珈琲代を出すと俺に手渡そうとした。

いつもこんな風に
何処で食事をしてもお茶を飲んでも
お前は男の俺を立てるように俺に支払いをさせ
外に出てから自分の代金をそっと出すのだった。

「いや、今日くらいは俺が出しても良いだろ?」

「ダメよ。最後だからこそいつも通りにしたいの。
 私達はいつも対等のお付き合いだったよね?
 それが唯一のルールだった。
 同じように家族がいて
 同じような立場で同じような考え方で
 そして、同じような不満を抱えていて
 同じモノをお互いに求め合った。
 そしていつも同じモノを大切に思ってた。
 あなたが私といつも対等でいてくれたから
 こうして二年も素敵なお付き合いが出来たと思うの。
 そうでしょ?」

「そうだけど・・・」

「だから最後までいつも通りの私達でいたいの」

そう言うとお前はニッコリ微笑みながら
俺に珈琲代を手渡した。

その時、微かに触れたお前の手の温もりは
初めて手を握った時と何も変わってはいなかった。


店の裏手にある駐車場には街灯に浮かぶ二台の車。

それぞれの車に乗り込んでエンジンを始動したら
それで<二年間>が終わる。


俺は自分の車の脇に立ってお前を見送ろうとしていた。

それに気が付いたお前は車のドアを開けたところで
こちらに振り返ると笑いながら言った。

「ダメよ。一人だけ見送ろうとするなんてズルいわ」

「そっか、そうだな。解ったよ。それじゃな」

そう言って手を振りながら俺が車に乗り込もうとした時
お前は言った。

「ねぇ。私達、本当にさ。
 いつかきっと良いお茶飲み友達になろうね」

「あぁ、きっとなれるさ」

俺は精一杯の笑顔でそう答えた。



家族の中にいても何処かで孤独感を感じていた。
心にはいつも満たされないモノが渦を巻いていた。
ややもすれば投げやりになって
全てを投げ出したいとさえ思っていた。

そんな時に出会った人。
それがお前だった。

お前と出会って俺は独りではないと思えるようになった。
それは多分、お前もそうだったのだろう。

この二年間というのは
それを確認する為の時間だったのかも知れない。

だから俺達はここで別れを選んだのだ。


世間から見たら決して許される関係ではないことも
俺達は初めから十二分に解っていた。
それを解った上で
それでも俺達は付き合い始めた。
でもそれは
俺達が自分を取り戻す為には必要な選択だったんだ。

そう、確かに詭弁かも知れない。

家族からしたら随分身勝手な言い分に聴こえるだろう。
もっともこんな話はするつもりは無いんだけどね。

でも、もしかしたら
何かが変わるかも知れない。
よしんば変わらなくたって良い。

別に良いんだ。

少なくとも俺自身は二年前とは変わっていると思うから。

それで良いと思う。

それを教えてくれたのもお前。


茶飲み友達になろうと言いながら
何の約束もしていない。

それどころか
二年間も付き合ってたのにお互いの本名も知らない。

信じられないかも知れないけど本当なんだ。

知っているのはお互いの携帯の番号とメルアド。
そして呼び名だけ。

俺達にはそれで十分だった。
だってお互いに欲していたのは
そんなことではなかったのだから。

それでもお前は自信たっぷりで言ったね。

「縁があればきっと又、会えるよ。
 そうでしょ?」

そうだな、俺もそう思うよ。
きっといつか俺達は良い茶飲み友達になれるさ。

でも
その時は羊羹じゃなくてシュークリームを買って行くよ。

ちょっとは洒落たじーさんになってね。








































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