2012クリスマスストーリー

約束(プレゼント)







「お疲れさまでーす」

「おお、気を付けて帰れよ」

「はい、それじゃ又、明後日お願いします」

そう言って雄大はバイト先の居酒屋を出ると駅へと急いだ。

「やべぇ、間に合うかなぁー」

終電を逃すと、この寒空の下を2時間かけてアパートまで歩くか
そうでなければ、今夜はホームレスに交じって駅の構内で野宿だ。

「急げ、俺!」

雄大は高校の体育祭でもした事の無い全力疾走で駅まで走った。

「信号? んなもん、見てるヒマも無いぜ」

雄大が駅のホームに走り込むと、まさに終電が到着したところだった。

「ふぅ、ギリギリセーフかよぉー」



俺は北野雄大。
この名前で北海道出身って言うのは出来過ぎだと友人には良く言われるが
それは断じて俺の責任ではない。
親は北海道の大地のような雄大な男に育って欲しいと名付けたそうだが
こんな俺でもいつかそんな男になれるんだろうか?
今は東京の三流私大の3年生。21歳だ。
居酒屋でアルバイトの傍ら、週に3日ほどストリートで歌っている。
歌手志望。まぁ、一応だけど。

大学の勉強?
んー、それを言われると耳が痛い。
までも、一応は毎日大学には通ってはいる。
親に無理を言って東京に出してもらった手前、留年だけはする訳にはいかないんだ。

既に始まっている就職活動と歌手への夢の狭間で揺れながら迷いながら
それでもやっぱり夢を捨てきれないでいる。

『卒業したらこっちに帰って来い』

それが進学の条件だった。
親は俺に真っ当な職について欲しいと願っている。
それは親としては当然なんだろうけど
北海道に帰ったら何だかそこで人生も終わりのような気がしていた。
負け・・・俺の中ではそんなレッテルを貼られてしまうような
帰ると言う事はそれに匹敵するくらいの意味に思えた。

「ふぅー、来年の今頃はどうなってるんだろう?」

大学3年の12月。
バイト帰りの終電の窓に流れる東京の街の灯り。
深夜0時を過ぎていると言うのに
街は賑やかなイルミネーションで溢れていた。
もうすぐクリスマスだ。



アパートの部屋に戻った雄大は
壁に立てかけてあったギターを手にすると炬燵の上で
詩を書き溜めたノートを開いて、ポローン、ポローン・・・
思いつくままにコードを鳴らした。
だが、どれもしっくりとはこない。

来春に開催されるコンテストの為に曲を作っていたのだが
なかなか良い詩もメロディが浮かばないでいた。

「やっぱ、俺って才能無いのかなぁ・・・」

ギターを置いて立ちあがると大きく伸びをして
それから又、座り直すとさっき入れたインスタントコーヒーを啜った。



その時、ふと窓の外から切なげな、でも何処か温かなメロディが聴こえて来た。
外の公園からだ。

「誰がこんな時間に?
 それにしても、このメロディ・・・」

雄大は惹き寄せられるように窓の所に行くとカーテンを開けた。
深夜の公園は人の気配も無くて
ただ、いくつかの街灯がぼんやりと地面の枯れた芝を照らしていた。

「空耳だったのかな?」

歌詞までは聴き取れなかったが
そのメロディには何か惹かれるものがあった。

雄大はもう一度、耳を澄ましてジッと外の音を探していた。
だが、何も聴こえてはこなかった。

「やっぱり、空耳だったのか・・・」

と、その時。また、あのメロディが微かに聴こえてきた。


「間違い無い、誰かが歌っているんだ!」


雄大は堪らず部屋を飛び出すと一目散に公園に向った。

「どっちだ?」

暗闇の中で目を凝らして辺りの様子を探ってみた。
だが、何処にもそれらしい人影は見えなかった。
そして、もう何も聴こえてはこなかった。



翌日の深夜。
寝ていた雄大は聞き覚えのあるメロディに目を覚ました。

「あの歌だ!」

雄大は飛び起きると急いで着替えて公園に走り出た。



真っ暗な公園のそこだけスポットライトを当てたように街灯が照らしていた。

そこには若い男が独りベンチに腰をかけて
ギターを弾きながら”あの”メロディを口ずさんでいた。

そう、とても雄大の部屋までは聴こえそうもないくらいの
歌うと言うより、口ずさんでいる・・・そんな感じだった。


雄大はその場に立ちすくむとジッとその歌に聴き入っていた。

その時、男は雄大に気がついたのか
ギターを弾く手を止めると黙ったまま雄大を見た。
雄大は慌てて謝った。

「あっ、ごめん。気が散っちゃったかい?」

男はそれには答えずにまだジッと雄大を見ていた。
街灯のせいか、その男はとても青白い顔色に見えた。

「いや、そのぉ・・・部屋にいたら君の歌声が聴こえてきてさ。
 良いメロディだね。 それは君の歌かい?」

男はまるで不思議なモノでも見るかのように雄大を見ていた。
そして、思いがけないひと言を言った。

「君には僕が見えるのかい?」

「えっ?」

雄大は耳を疑った。

「見えるって? だって、君はそこにいるじゃないか」

「じゃ、僕に触れるかい?」

男はギターを脇に置いて立ち上がると雄大の方に歩いて来て手を差し出した。

「からかってるのかい?」

そう言いながら雄大は差し出された手を握ろうとした。
しかし、雄大の手は虚しく宙を掻いただけだった。

あっけにとられている雄大に向って男は寂しそうに笑った。

「ほらね」

「・・・」


雄大は混乱していた。
男の歌声を聴いてここに来た。
そして、男に会った。

そう、確かに男はそこにいる。

しかし・・・

「どう言う事?」

「どう言えば良いんだろう?
 つまり、僕は幽霊なのさ」

「そんなまさか!
 第一、幽霊なんて生まれてこの方会った事が無いよ。
 そもそも俺には霊感なんて無いんだぜ。
 って、言うか、今は冬だし。
 幽霊って夏のもんだろ?」

雄大はますます混乱していた。
訳が分からない。
幽霊? そんなモノを信じろと言うのか?
21世紀のこの時代に?
ちょっと待て、ちょっと待て! 落ち着け!

混乱をして頭を抱えた雄大を男は申し訳なさそうに見ていた。

「なぁ、冗談だろ? 何かの手品・・・そうだよな?」

「そうなら、僕が一番嬉しいだろうな・・・」

男は元いた場所に戻るとゆっくりと腰を下ろした。

「本当に幽霊・・・なのかい?」

雄大は恐る恐る確かめるように訊いた。

「残念ながらね」

男は少し自嘲気味に答えた。
 


男は片山誠二と名乗った。

大学は違ったが雄大と同じ三年生で
やはりバイトの傍らストリートで歌っていたが
三ヶ月前に交通事故で亡くなったと言う。

いつものようにストリートライブが終わった後で
彼女をアパートまで送り、それからバイトへと急いだ矢先の事。
誠二のバイクは赤信号を無視して交差点に入って来た車と接触した・・・らしい。

「らしい」と言うのは、その瞬間の事は覚えていないと言う事だ。
ただ、気が付くと誠二は交差点の真ん中に立って
遥か先に投げ出されて血を流して倒れていた自分自身を
不思議な話だが、感情も無くただ他人事のように眺めていたんだとか。



「おかしな話なんだけどね」

「うん?」

「その時は何が何だか分からなかったし
 そこに倒れていたのが自分だと言う意識も無かったんだけど」

「・・・」

「一緒にバイクから投げ出されたギターがさ。
 大丈夫かなぁーなんて、そんな心配をしてたんだ。
 おかしいだろ?
 普通は自分の心配をするよね?」

「うん、まぁ・・・でも、それだけ愛着があったって事でしょ?」

「まぁね。苦労してバイトして買った相棒だからさ」

「相棒ね。うん。それは分かるな。俺もきっと同じだと思う」

「君も歌ってるのかい?」

「あぁ、駅前のアーケードを少し入った所でね。
 バイトもあるから毎日じゃないけど」

「僕は北口のアーケードだったよ。
 3丁目と4丁目の角でさ。
 けっこう、夜でも人通りが多くて
 自分で言うのも何だけど、それなりにお客さんもついていたんだ」

「そう言えば、ストリート仲間から聴いた事があるよ。
 北口に上手い奴がいるって。
 そっか、そう言えば、確か突然来なくなってどうしたんだって思ってたら
 何でも事故で亡くなったとか・・・
 それが君だったんだね?」

「多分ね。上手い奴ってのが僕かどうかは知らないけど」

雄大は何となく今の状況に納得をしかかっていた。
もちろん、彼が本当に幽霊かどうかは知る由もなかったけれど。


「で? ギターは無事だったのかい?」

「お陰さんで、ネックはポッキリでボデーはすっかり粉々に割れちゃってたよ」

「そっか、それは残念だったね」

「いや、そうでもないさ。
 お陰で、今でもこうしてギターが弾けているんだから」

「えっ? そのギターかい?」

見たところ、壊れたところは何処にも見当たらなかった。
大事に弾いていたのが傍目でも良く分かるほど
きちんとそのギターは手入れをされていた。

「不思議だろ? ギターも人間と同じなんだよ。
 僕と一緒に死んだからこうして僕の手元に残ったって訳さ。
 もし、こいつが無傷だったとしたら、きっと今頃は実家の仏壇の前か
 以前使っていた僕の部屋に形見として飾られていたろうな」

「なるほど」

雄大は妙に納得をした。


「でも、驚いたよ」

誠二は雄大を見るとマジマジと靴の先から頭まで
まるで珍しいモノでも見るように、そして少し笑顔で言った。

「僕の事が見える奴がいたなんてさ」

「驚いたのはこっちだよ」

「そっか、それもそうだね」

二人は顔を見合すと声を上げて笑った。
まるで、久しぶりに会った旧友との再会でも祝福し合っているみたいに。
そう。まるで初めて”会った”とは思えないくらい
雄大は誠二に親しみを感じていた。


「でも・・・」

「うん?」

「何かさ。こうしていると幽霊と話しをしているとは思えないんだよな。
 あっ、ごめん・・・」

「いや、良いさ。事実だもの」

「でも、何で俺に君が見えるんだろ?
 今までは霊感なんか無かったのにさ。
 大好きだったばあちゃんが死んだ時だって
 幽霊になって出て来てはくれなかったんだぜ。
 なのに、会った事も無い君とこうして話している。
 どうしてだ?」

「波長かな」

「波長?」

「もしかして、僕が君を探していたのかも」

「会った事も見た事もない俺を? どうして?」

「何か似ているところが多いよね?
 歳とか、ストリートで歌っているとか。
 きっと、感性も似ているんじゃないかな?
 想いっての?」

「想いね・・・うん、想いか・・・」

雄大は何となく納得出来たような気がした。

「でも、君が俺を探していたと言うのはどう言う事?」

「実はさ。ある人に僕の言葉を伝えて欲しいんだ」

「ある人? もしかして、彼女?」

「うん。 彼女・・・美佐子って言うんだけどね。
 美佐子は事故からもう三ヶ月も経つというのに
 まだ、ショックから立ち直れないでいるんだ」

「会ったのかい?」

「あぁ、真っ先にね。あっ、死んでからって意味でね」

誠二は少し自嘲気味に呟いた。

「もちろん、美佐子には僕は見えないし
 何を語りかけても美佐子には聴こえないんだけど」

「でも、無理もないよ。恋人が死んだなんてさ、そんな事実。
 愛していればいるほど、そう簡単には受け入れられないんじゃないか?」

「そうかも知れない。でも、僕は美佐子に早く立ち直って欲しいんだ。
 もう、僕には何もしてやれない。何も与えられない。
 なのに、まるで僕が美佐子を縛りつけているみたいに苦しめている。
 辛いんだ・・・」

誠二はそう嘆くと、俯いて自分の膝に拳を何度も叩きつけた。
悔しそうに何度も、何度も。

誠二の気持ちが痛いほど伝わって来た。

誠二の為に何とかしてやりたい。
でも、自分に何が出来るんだろう?
雄大は自分に問いかけた。

その時、ふとバカげた考えが脳裏を過った。

「ねぇ? 美佐子さん、何処にいるか分かるんだろ?
 なら、俺を連れて行ってくれよ。
 そして、美佐子さんの前に行ったら君が俺に乗り移れば良い。
 そしたら、君は自分の言葉で想いを伝えられるだろ?
 ねぇ、グッドアイデアだろ?」

「それは無理だよ。僕は憑依霊じゃないんだ。
 君に乗り移るなんて無理さ。マンガじゃないんだから。
 それに、もしそんな事が出来たとしても
 その後にどうなるか・・・僕には分からない」

「俺がって事?」

「うん。君もね。いや、僕はどうなっても良いんだ。
 どうせ、死んでいるんだし、それは構わない。
 でも、君を巻き添えには出来ない」

「んー、そんな簡単じゃないって事?
 でも、美佐子さんの所に連れて行くのは出来るだろ?」

「まぁ、夜ならね。でも・・・」

「でも?」

「美佐子は自分の部屋から一歩も外へは出ようとしないんだ。
 もちろん、ましてや家から出て来るなんて無理なんだ。
 だから困ってる・・・」

「そっか・・・じゃ、どうしよう?
 そうだ! 美佐子さんの家の前で歌を歌うとかさ?
 なんかあるでしょ? 想い出の歌とかさ」

「ダメだよ。 美佐子に迷惑はかけたくない。
 第一、どうやって説明をする?
 見知らぬ君がいきなり家の前で歌いだしたら下手したら警察を呼ばれちゃうよ。
 それに死んだ僕が一緒にいるなんて言ったって誰だって信じちゃくれないよ」

「んー、だよね」


何か良いアイデアは無いんだろうか?
雄大は誠二の隣に座ると寒さも忘れて考えに没頭をした。


「あっ、ごめん」

突然、誠二が慌てるように言った。

「何が?」

「生身の人間には寒いよね?
 こんな時間に長々と付き合ってくれてありがとう。
 また、今度にしよう」

誠二に言われて気がついた。
突然歌声を聞いて部屋を飛び出して来たから特別厚着もして来なかった。

さっきまでは驚きで寒さも忘れていたけど
誠二に言われた途端に寒さを思い出した。

「そういや、何か冷えちゃったな。忘れてたよ。
 おー、寒っ!」

「ごめん」

「いや、良いさ。乗りかかった舟って奴だしね。
 で、またって、明日かい?」

「分からない。まだ自分でも上手くコントロールが出来ないんだ。
 明日ここにまた来れるかも知れないし、何日か来れないかも知れない。
 でも、君とは波長が合うみたいだから、またすぐに来れそうな気もする」

「なぁ、それじゃ、これから俺の部屋に行かないか?
 ボロアパートだけど、少なくともここよりはマシだよ」

「いや、今夜は止めておくよ。
 あんまり君が良い奴だと分かったら憑依したくなる」

「あはは、近頃は幽霊もジョークを言うんだな」

「いや、何か未だ自覚が足りなくってさ」

「幽霊にも自覚はいるのかい?」

「もちろんさ」

また、二人は声を上げて笑った。
たまたま誰かが近くを通りかかって雄大を見たら
こんな夜中に独りで笑ってるなんて危ない奴だと
それこそきっと、110番でもされたに違いなかった。



部屋に戻ると雄大はさっきまでの事を思い返していた。

あれは本当の事だったんだろうか?
もしかして、夢でも見ていた?

いや、でも夢にしてはリアル過ぎる夢だ。
第一、身体がすっかり冷え切っている。

いくら東京とは言え、12月のこの時期に外で夢を見ていたら
朝までには間違いなく俺まで幽霊になっていただろう。


雄大は思いつくとストリート仲間に電話を入れた。

『なんだ、雄大か? どうしたんだよ、こんな時間に』

「ごめん、寝てた?」

『あぁ、只今爆睡中・・・彼女と一緒にね』

「あっ、ごめん! 邪魔しちゃった?」

『あはは、相変わらず正直な奴だな。
 で、どうした? こんな時間に』


雄大は誠二の事を訊いた。

「前に北口で歌っていた片山誠二の事なんだけど・・・」

『片山? あぁ、あのバイクの事故で死んだ奴か?』

「うん。彼の事で何か知らないか?」

『さぁなぁー 俺は良くは知らないけど・・・
 そうだ、裕也なら知ってるかもな。
 裕也も時々、北口で歌ってるから何か聞いてるかも知れないよ』

「裕也か? 分かった、ありがとう。
 済まなかったね。続きは遠慮しないでやってくれ」

『よせよ。お前の声を聴いたらそんな気は失せたよ。
 じゃ、またな』

「あぁ、ありがとう」



翌日、雄大は裕也をバイト先に訪ねた。

「ごめんな、仕事中に」

「良いさ。どうせ、もうすぐ昼休みだったから」

「飲む? ささやかな差し入れ」

そう言うと雄大は買ってきたばかりの缶コーヒーを差し出した。

「おっ、サンキュー。
 で、何だって? 片山がどうしたって?」

缶コーヒーのリングプルを引きながら裕也は訊いた。

「あぁ。彼、バイクの事故で死んだんだっけ?」

「うん、そうなんだ。
 あの夜、俺も一緒に歌ってたんだよな。
 片山は彼女と来ていてさ。
 途中でバイトの時間だからって帰ったんだ。
 まさか、それっきりになるとはね・・・」

「その彼女の事なんだけど」

「ん? 彼女がどうかしたのか?」

「いや、俺は直接は知らないんだけど、ちょっとね。
 彼女はその後どうしているか知ってる?」

裕也はちょっと、躊躇っているようにも見えた。
何かを決心でもするかのようにコーヒーをひといきで飲み干すと
裕也は俯きながらぽつりと言った。

「彼女ね。あれから誰も見てないんだ。
 奈津子、知ってるだろ? 時々、歌いに来る子。
 彼女から聞いた話だと、片山の事故の後は家に引き籠ってるらしい。
 可哀想に・・・やっぱ、ショックだよな」

「そっか・・・ありがとう」
 

やっぱり、彼女は家に引き籠っているんだ。



その夜、バイトの帰り際、雄大は公園を覗いてみた。
昨夜、誠二が”歌っていた”あの場所だ。

だが、そこには誰もいなかった。

「今夜はいないのか・・・
 までも、もし来たら又、歌が聴こえるだろうな」

雄大は寒さに思わず両掌に息を吹きかけると肩をすぼめてアパートへと急いだ。
それでも、やはり気になって
公園が見えなくなる前の角に来ると立ち止まって振り返ったのだった。



結局、その夜は誠二は現れなかった。
そして、その次の夜も、また次の夜も。



「今夜で四日目か・・・」

アパートの部屋の窓のカーテンを開けて
公園の様子を伺ってみたが、やはり誰のいる気配も感じられなかった。


何も好き好んで幽霊に会いたい訳じゃない。
今だって本音を言えば、アレは夢だったんじゃないかと疑っている。
実際、あれから誠二は一向に来る気配もない。
まぁ、もっとも、元々が幽霊なんだから
”気配”と言うのもおかしな話なのかも知れないが。



「やっぱ、あれは夢だったのかなぁ」

そんな事を思い始めた五日目の夜。
その歌は又、突然聴こえて来た。

「誠二だ!」

雄大は急いでハンガーに掛けていたジャケットを羽織ると
スニーカーの踵を踏みつけたまま玄関を飛び出してアパートの階段を駆け降りた。



「どうしたんだい?そんなに息を切らせて」

雄大は誠二の前まで一目散に駆けて来ると
屈めた膝に手を当てたまま俯いて息を切らせている。

「ハア、ハア・・・ど、どうしたじゃないだろ?
 ずっと待ってたんだぜ。ハア、ハア・・・」

「それは悪い事をしたね。あっ、座る?」

誠二は腰かけていたベンチを右に少しずれると雄大に空いた方を指して手招きをした。

「悪いね。お茶かコーヒーくらい用意をしておけば良かったかな」

「ハア、ハア・・今度はそう願いたいね」


雄大は息を整えると誠二の方を向いて訊いた。

「今まで何処に行ってたんだい? 心配してたんだぜ」

「うん。色々と事情があってね」


幽霊にも事情があるのかい?
そんな風に突っ込みたいところだったが
そんな言葉を飲み込んで雄大はただ誠二と並んで座っていた。

「あれから美佐子さんの所には行ったのかい?」

雄大がそう訊くと誠二は少し寂しそうに言った。

「あぁ、昨日もその前もね」

「事情ってその事かい?」

「うん・・・まぁね」

「良かったら話してくれないか?」

「ふぅ・・・」

深く息をひとつ吐くと誠二は静かに話し始めた。
まるで、躊躇う自分自身を少しづつ解放でもするみたいに、静かに。


「実はね。僕は死んでからもずっと毎晩のように美佐子の所に行ってたんだ。
 心配だったのと約束を果たせなかった後悔もあったし
 何とか美佐子に想いを伝えられないかと思ってさ。
 毎晩、美佐子の隣でただ黙って佇んでいたり時には語りかけたりしていたんだ。
 もちろん、美佐子は何も感じていなかったようだけど。
 まぁ、当然だよね」

「うん・・・そうだね」

「でも・・・」

「でも?」

「あの夜は・・・何かが違ったんだ」

「違ったって、どう言う事?」

「分からない・・・ただ、そんな気がしただけかも知れない」

「・・・」

「いつもはね。美佐子に話しかけても何も反応は無かったんだ。
 それが三日前のあの夜に限って・・・」

誠二はまた、大きく息を吐いた。

「あの夜。いつものように美佐子の傍らに座って何度か話しかけていた。
 そしたら、急に美佐子は何かに気がついたみたいにこっちを見たんだ。
 そう、確かに美佐子はこっちを見たんだよ。
 僕はもしかしたら、今なら想いを伝えられるかと思ってね。
 いつもより大きな声で何度も美佐子に話しかけたんだ」

「うん」

「その時だった。
 美佐子はふと僕の方を見て一瞬、微笑むと
 急に立ち上がって部屋を出て浴室に向った。
 そして、洗面所で剃刀を手に取ると浴室に入って・・・」

「・・・」

「そして、自分の手首に刃を当てたんだ」

誠二は顔を覆うと大粒の涙を流した。

「僕は大慌てで美佐子を止めようとしたけど美佐子には触れる事も出来なかった。
 大声で家の人を呼ぼうとしたけど、それも・・・」

「そんな事が・・・?」

「きっと、僕のせいだ」

「いや、それは違うよ。事故は君のせいじゃない」

ショッキングな話に雄大はそう言うのが精一杯だった。

「いや、そうじゃないんだ。
 美佐子があんな行動をしたのは
 僕が死んだ事に耐えられなくなったとかじゃなくてさ。
 あの夜、きっと・・・僕の声が聴こえたからだと思う。
 それで、急に感情が高ぶってしまったんだ。
 今まで抑えていたモノが堰を切るようにと言うか
 僕が美佐子の琴線を切ってしまったのかも知れない」

「まさか!」

「有り得ない事じゃないよ。現に君だってこうして僕と話をしている」

「まぁ・・・。あっ、じゃ俺と話したせい?
 俺と話した事で波長が変わったとか、人とシンクロしやすくなったとかさ」

「いや、そうじゃないよ、きっと。
 君と会って波長が変わったとかじゃなくて波長が合う君に出会えただけさ。
 だから、君のせいじゃないよ」

そう言うと誠二は、又ひとつ大きく息を吐いた。
雄大は誠二にかける言葉を探していたけど見つけられずにいた。


沈黙の時間がどれだけ続いただろう。
ふと誠二はポツリと呟いた。

「もしかしたら、彼女・・・あの瞬間、我慢の限界を越えたのかも知れない。
 ふと”死”と言う考えが脳裏をよぎった時、そこにいた”僕”を感じてしまった。
 そして、それがきっと正解なんだと思ってしまったんじゃないかと思うんだ。
 もしかしたら、僕が迎えに来たと感じたのかも知れない・・・
 理屈じゃなくてさ。感情として・・・そう言えば良いのかな?」

「うん。それは考えられるね。
 良く、人は死ぬ瞬間に今までの想い出が走馬灯のように過るとか
 誰かが枕元に迎えに来たなんて話があるけど
 それって死を通して、何か、こう・・・不思議な力と波長が重なったとか
 きっと、そう言う事なんじゃないかな。
 で、その後はどうなんだい?」

「その後は入院先の病室で何度も話しかけたけど
 あれからは一度も美佐子には僕の声も気持ちも届かなかったみたいだよ」

「そっか・・・。でも、それは喜ぶべき事かも知れないね。
 美佐子さんにとっての死が遠のいたって事だろ?」

「あぁ、そうだと良いんだけど」



雄大は考えていた。
霊魂と人間の心。
霊感の強くない人だって
きっと何かの拍子に霊と波長が同期する事だってあるのだろう。
確かに、美佐子の場合は「死」を考えた事でそのキッカケになったのかも知れない。
ましてや、お互いの想いが強ければ強いほど魂が呼び合う事だってあるのだろうから。
ただ、その前兆として自分との事がキッカケになったのかも知れない。
それは全く無関係では無いようにも思えた。
雄大はそう思いながらも何も出来ない自分を歯痒く思った。
もっとも、こんな事は誠二と”出会わなければ”感じられない事だったろうが。



「それで、美佐子さんの具合はどうなの?」

「うん。お陰さんで良くなったよ。
 後、一週間もしたら退院出来るって」

「そっか。それは良かったね。
 でも、また繰り返さなきゃ良いけど・・・」

「それなんだ。それが心配でさ。
 何とか出来ないかって色々考えたんだけど」

「何か名案は見つかったのかい?」

「いや、ハッキリとは・・・
 それで、君に頼みたい事があるんだ」

「頼み? 何だい? 俺に出来る事かい?」

「多分。いや・・・君にしか出来ない事かも知れない」

「俺にしか? 何?」

「歌を歌って欲しいんだ」

「歌を?」

「そう。あの歌を美佐子の前で歌って欲しいんだ。
 そして、今の僕の想いを伝えて欲しい」

「そんな事を言ったって、どうやって?
 第一、退院したら又、部屋に閉じ籠っちゃうんじゃないのかな?
 この前、君が言っていた事だよ。
 美佐子さんの前で歌うなんて無理なんじゃない?」

「いや、美佐子が覚えていてくれたなら可能性はきっとあると思う」

「分かった。どうすれば良い?」



クリスマスイブの夜がやってきた。
誠二との計画実行の夜だ。但し、それは美佐子次第ではあったのだが。


雄大はギターを背負うといつものアーケードではなくて
誠二が歌っていた北口のアーケードに向った。

3丁目と4丁目の角に着くと、そこには既に二人のミュージシャンが集まっていた。
顔馴染みの裕也とその友達の武だった。

「やぁ、こんばんは」

「おう、雄大じゃないか.どうした、こっちに来るなんて珍しいね」

「ちょっと事情があってさ。
 ねぇ、お願いなんだけど後で少しここで歌わせて貰っても良いかな?」


ストリートミュージシャン同士にも暗黙の了解と言うか、縄張りみたいなのがあって
何処でも勝手に歌って良いと言う訳ではなかった。


「あぁ、構わないけど。なぁ?」

「裕也の友達なら良いよ」

ギターのチューニングをしながら武は頷いた。

「すまないね」



「こんばんはー」

そこに奈津子がやって来た。

「おう、今夜はお前も歌うのか?」

先にスタンバイを終えた裕也が言った。

「ううん。今夜は私は観客でーっす。
 もしかしたら、面白いものが見られるかも知れないから」

奈津子はそう言うと俺に向ってウインクをした。

「なんだ? いつの間にお前らそんな関係になったんだ?」

裕也が驚いた顔で二人を見比べて言った。

「ち、違うよ! そんなじゃないよ」

俺は慌てて否定をした。

「えー? そんなに思いっきり否定しなくても」

奈津子は少しふくれっ面で抗議をした。

「いや、そんなつもりじゃ・・・」

「あはは。雄大クンって真面目なのよね」

「あぁ、こいつは歌以外はからっきしなんだよな」

「そうね。誰かさんみたいにファンの女の子には手を出すタイプじゃないわよね」

「誰だよ、それ?」

とぼけた顔で裕也が言った。

「さぁ、誰でしょう? みんなにアンケートを取ってみる?」

「よせやい」

苦笑いしながら裕也がそう言うと一同大爆笑になった。

「で? 面白い事って何?」

「ふふ。まだ、内緒よね?」

奈津子は悪戯っぽく微笑むと俺を見た。

「あー、やっぱりお前ら!」



話は雄大が誠二と”再会”をしたあの夜に遡る。


「で、どうすれば良い?」

雄大は誠二に訊いた。

「実は今年は美佐子と付き合い始めて三回目のクリスマスなんだ」

「うん」

「美佐子と初めて出会ったのもあそこで僕が歌っていた時でね。
 その後も何度か聴きに来てくれていて、その内、だんだんと話しをするようになったんだ。
 美佐子は僕の歌が好きだと言ってくれた」

誠二はその時の事を想い出すように話を続けた。

「三年前のクリスマスイブの夜、ライブの時にね。
 『クリスマスプレゼント』って言って温かい缶コーヒーを差し入れしてくれてさ。
 で、お礼って訳じゃないけど、その時、美佐子の為に歌を歌ったんだ。
 それがきっかけで付き合うようになって・・・
 楽しかった。うん、美佐子のおかげで楽しい時間をたくさん過ごせた。
 でも、僕は裕福じゃなかったから
 何か特別なものをプレゼントなんてした事はなかったから・・・
 で、事故の前の日。美佐子と約束をしたんだ。
 今年のクリスマスに美佐子に歌をプレゼントするからって」

「それがあの歌?」

「うん。今の僕・・・あっ、死ぬ前のね。
 三年経っても相変わらず貧乏だし、大したものは何もプレゼント出来ないけど
 せめて、俺の気持ちを歌で伝えられたらってさ」

「うん」

「それをクリスマスイブの夜に美佐子の前で歌おうと思っていたんだ」

「そっか・・・」

雄大は少し考えた後で言った。

「でもさ。そんな大事な歌を俺が歌っても良いのかな?
 と、言うより・・・その歌って美佐子さん、どんな歌か知ってるの?」

「いや。ぞの時までと思って内緒にしていたから」

「でも、それじゃ、その歌が君の歌かどうか分からないんじゃない?」

「いや、聴いてさえくれたら、それが僕の歌だって分かると思う。
 そう言う内容なんだ」

「んー、でも、問題はそこだよね?
 美佐子さんが聴きに来てくれるかさ」

「そうなんだ・・・」

「何か方法は無いのかな? そうだ、彼女!」

「えっ?」

「奈津子・・・さん、だっけ? 彼女だよ。
 彼女に事情を話して協力をしてもらうんだ」



雄大は裕也に電話をして奈津子の連絡先を訊くと、すぐさま奈津子に電話を入れた。

『もしもし?』

「あっ、もしもし。あの・・・雄大です。裕也の友達の」

『あー、あの? うふふ、雄大クンの事は裕也から良く聴いているわよ。
 で、急にどうしたの?』

「実は、いきなりで申し訳ないんだけど・・・」

『何?』

「いや・・・なんて言えば良いか、その・・・」

『ハッキリ言いなさいよ。交際の申し込み?(笑)』

「い、いや・・・そうじゃなくって・・・」

『あはは。冗談よ。裕也曰く。”雄大は真面目な奴”だもんね』


電話の向こうで奈津子が悪戯っぽく笑った。
その笑い声で雄大はすっかりリラックス出来た気がした。
奈津子にはそんな風に人を和やかにする魅力があった。


「実は、ちょっとお願いがあって。
 電話じゃ説明しにくいんだけど・・・
 明日の夜にでも、ちょっと時間空いて無いかな?」

『明日? うん、そうね。 良いわよ』 



翌日の夜。
例の公園に奈津子を呼び出した。

”誠二”といつものベンチに座って待っていると
約束の時間に五分遅れて奈津子がやって来た。


「ここ?」

来るなり怪訝そうな顔で奈津子は雄大を見た。

「うん。本当は何処か温かい喫茶店とかそう言う方が良かったんだろうけど。
 でも、ちょっと事情があって」

「何? 指名手配でもされているの?」

「いや、そんなじゃないよ」

雄大は思わず苦笑してしまった。
呼び出したのは雄大なのに早くも奈津子のペースだった。

「それにしても寒過ぎるわよ。話があるなら早くしましょ」

「あぁ、そうだった! ごめん、ごめん」



雄大は事の次第を奈津子に詳しく話した。
信じてはくれないだろうと思いながら
それでも丁寧に全てを話したのだった。

「いきなりこんな話しをしても信じないだろうけど・・・」


奈津子はしばらく黙っていた。
そして、雄大をしっかりと見据えるとこう切り出した。

「誠二君、そこにいるの?」

「あぁ、ここにね」

雄大はベンチの空いている隣を指差して答えた。


「ふぅ・・・」

奈津子は大きく溜め息をつくと、そのベンチの空いている方を見て誠二に語りかけた。

「誠二君。しばらくね・・・と、言って良いのかな?
 ちょっと頭が混乱しているんだけど・・・」

「俺も最初はそうだったよ。で、信じてくれるの?」

「これが裕也なら信じなかったでしょうけど、なんせ雄大君だもんね」

「『真面目な奴』もたまには役に立ったのかな?」

『やっぱり君で正解だったって事だね』

と、誠二が笑いながら言った。

「それって嬉しいのかどうか微妙だけどね」

雄大がそう答えて苦笑をすると奈津子は不思議そうな顔で訊いた。

「えっ? 何、何? 誠二君が何か言ったの?」

「あぁ、奈津子さんはいつ見てもキレイだってね」

「まぁ! 美佐子に言いつけるわよ」

そう言うと奈津子は面白そうに笑った。


「話と言うのはさ。実はその美佐子さんの事なんだ」

「美佐子の?」

「うん。彼女さ。アレから部屋に籠ったままなんでしょ?」

「知ってるの?」

「うん。誠二が教えてくれた。彼、死んでからもずっと美佐子さんの傍にいたんだ」

「そっか・・・」

「で、すごく心配しているんだ。この間の事もあるしさ」

「あっ、それも知ってるんだ? やっぱり、誠二君?」

「そう。あの時も誠二は美佐子さんの傍にいたらしいんだ。
 で、誠二が言うには、美佐子さんの頭にふと”死”が過った瞬間に
 誠二と波長が同期して、彼が見えたんじゃないかって。
 美佐子さんを迎えに来たと感じたのか?
 或いは、ただ死を直感したのか分からないけど・・・
 でも、誠二が言うには、あの瞬間美佐子さんは確かに誠二の方を見て微笑んだんだって」

「・・・」

奈津子は黙ったままその話を聴いていた。

「俺もね。誠二に会わなかったら、こんな話しは信じなかったかも知れない。
 でも、今は想い合っている同士なら、そんな事もあるんだろうって思う」

「そうね。私もそう思うわ」

誠二は雄大の隣で目を瞑ったまま俯いていた。
何かを思い出しているように。
自分の膝に当てた誠二の拳は静かに震えていた。


「で、私は何をすれば良いの?」

「美佐子さんをさ。
 イブの夜に誠二がストリートで歌っていたあの場所に連れて来れないかな?」



次の日。奈津子は美佐子の携帯に電話を入れた。

「もしもし、美佐子? どう? 大丈夫?
 ちゃんと眠れてる? ちゃんとご飯食べてる?」

『ふふ。何だか、お母さんみたい』

奈津子が想ったより美佐子は明るい言葉で返事をした。

「良かった。 少しは元気も出たかな?」

『どうだろ? ・・・でもね』

「うん?」

『でも・・・誠二、悲しそうな顔をしてたから』

「えっ?」

『だから、私。こんなじゃダメかなって』

「美佐子・・・誠二君を”見た”の?」

『分からない・・・もしかしたら夢だったのかも・・・』

「・・・」

『でもね。私が悲しんでいると誠二はきっと成仏出来ないよね』

「そうね・・・」

『でも・・・ まだ、何をどうして良いのか分からないの』


無理も無い。若い二人にとっての三ヶ月なんて、人生の中でみたらホンの一瞬だ。
その一瞬で見知らぬ同士が恋に落ちる事もあるだろうが
逆に愛する人を亡くした悲しみを癒すには余りに短い時間なのだ。


「ねぇ?」

『何?』

「今度さ。イブの夜にいつも場所でライブをやるんだ。
 たまには聴きにおいでよ」

『・・・』

奈津子には美佐子が戸惑っているのが分かった。
無理も無い。その場所は美佐子にとっては何処よりも辛い場所なのだ。

「ねぇ? 良いでしょ? たまには皆でワイワイやりましょ。
 少しは気も晴れるわよ。ねぇ?」

『そうね。考えてみる』

「ダメよ。考えるなんて。美佐子の悪いクセだよ。
 いつも先に考えちゃうから行動が出来ないの。
 今、決めちゃいなさい」

奈津子は子供を諭す母親のように威厳を込めて、そして優しく言った。

「美佐子の気持ちは分かるわ。あそこに行ったらきっと誠二君の事を思い出すよね。
 辛い気持も分かってるわ。でも、いつかはそれを乗り越えなきゃ。
 いつまでも美佐子が悲しんでいたら誠二君だって喜ばないよ。
 美佐子がいつもの美佐子に戻って、笑顔を取り戻す事が一番の供養だと思う。
 ごめんね。分かったような事を言って・・・」

『ううん。ありがとう。 分かったわ。行く。 これで良い?』

「うん。OK! じゃ、待ってるからね、きっとよ」



イブの夜。美佐子は出掛ける支度を整えながらも自分の部屋の勉強机のイスに座ったまま
ただ、黙って机の上の置時計の秒針が流れていくのを見ていた。
美佐子は迷っていた。
沈んでいるであろう自分を心から心配をしてくれて奈津子は声をかけたくれた。
美佐子も奈津子に会いたいと思っていた。
そして、誠二の仲間だったみんなにも。
でも、みんなの顔を見たら自分はどうなってしまうだろう?
また、みんなの前で泣き崩れてしまうかも知れない。
また、みんなを心配させてしまう事になるかも知れない。
そう思うと、足を立てる事が出来なかったのだ。



『美佐子。さぁ、一緒に行こう』

誠二が美佐子の背中に手を添えると優しく美佐子を促した。
その時、美佐子の心に少しだけ勇気の火が灯った。
温かい、そして何故か懐かしい気持ちにさせる温もりを感じたのだ。



イブの夜が八時を過ぎた辺りからストリート会場には人が集まり始めた。

「裕也クン、今日は何を歌うの?」

「おお、いつもありがとうね。そうだなぁー じゃ、今夜は君の為にあの歌でも行く?」

「ホント? きゃー、嬉しい♪」


いつの間にか裕也の周りに女の子達が集まって来ていた。

「相変わらず、裕也はモテるね」

雄大がそう言うと、武は裕也の方を見ながら言った。

「あいつのお陰でこの場所が持ってるようなもんだからね。
 ああ見えて、あいつ。けっこう女の子にはマメなんだ」

「女の子だからでしょ?」

奈津子が笑いながら答えた。

「確かに」

「美佐子、来るかなぁ」

そう言うと奈津子は心配そうに人だからに向こうを見渡した。

「あいつが迎えに行ってるんだけどね」

雄大は答えた。

「そっか」

「きっと、大丈夫だよ」

「そうね」



「じゃ、そろそろ始めるぞ」

裕也はそう言うとギターを抱えながら雄大に声をかけた。

「お前。何処でいきたい?」

「うん。ゲストが来たらね」

「ゲスト? 誰か来るの?」

「まぁね」

「何だよ、教えろよ。 誰?」

「きっと、ビックリする人だよ」

「それじゃ分かんないよ」

「いや、きっと分かるよ。
 そしたら、一曲で良い。歌わせて欲しいんだ」

「一曲なんて言わないで、もっと歌って良いんだぜ」

「ありがとう。でも、今夜は一曲だけで良いんだ。
 その分、心を込めて歌いたいんだ」

「何だよ? お前の大事な人・・・分かった! 彼女か?」

「あはは。そんなんじゃないけど。でも、頼むよ」

「あぁ、分かった。じゃ、俺が気付かなかったら合図をくれよ。
 武にもそう言っておくから」

「ありがとう」

こうして、奇跡のライブは始まった。



裕也は一曲歌う度に観客の女の子をダシに笑いを取りながら会場を湧かせていった。
そして、見る見る内にストリート会場は数十人の熱気で溢れて
ここが外だと言う事も、この寒ささえ忘れさせるようだった。

「さすがだな。アマチュアにしておくのがもったいない」

「あぁ。話だけならその辺のお笑い芸人よりも面白いかもね」

「確かに。でも、あいつ。歌も上手くなったよな。
 その内、デビューしてたりして」

「だと良いんだけどな。俺達の中からプロが出たら凄いよな」

「武だって、狙ってるんでしょ?」

「俺は・・・好きな事が出来りゃそれで良いわ。
 好きな事ってさ。仕事になると辛い事もあるじゃん?
 好きな歌より売れる歌を歌わなきゃならないとかさ。
 俺は歌いたい歌だけを歌っていれたらそれで良いんだよな。
 まぁ、そんな事はその時考えれば良いんだけどね」

「確かに」

武の言葉に頷きながらも、雄大は会場の様子が気になっていた。
だが、そこにはまだ美佐子の姿は無かった。
誠二の”姿”も。



『来てくれるかな』

そう思いながら雄大はギターを拭いてチューニングを始めた。

『いつ美佐子さんが来てくれてもすぐに歌えるようにしておかなきゃな』

雄大は誠二が教えてくれた歌詞をノートに書き写したのを念入りに読み返していた。
歌は何度も練習をした。
だが、幽霊に頼まれて、しかもこんな大事な歌を歌うなんて初めての経験だ。
そう思うと徐々に緊張感が増して来た。

その時だった。
観客の後ろの方が一瞬ざわめいたと思ったら、そこに美佐子の姿があった。
ここに来てくれている常連の観客達もみんな、誠二と美佐子の事は知っていたのだ。



『どうやら間に会ったよ。美佐子は案の定、迷っていたけどね』

「誠二!」

気がつけば、すぐ傍らに誠二が立っていた。
そして、口に人差し指を当てると小声で呟いた。

『しー! 他の人が聴いたら変な奴になっちゃうよ』

「良かった。来てくれたんだね」

雄大は声を潜めて誠二に言った。



裕也も歌っている最中すぐに美佐子に気がついたらしく、雄大の方を見ると目配せをした。

『この事か?』

雄大は黙って頷いた。



裕也は歌い終えると、観客に向って言った。

「さて、みなさん。ここで今夜のゲストの登場です。
 みんな知ってるかな? 南口ではけっこう有名な奴なんだけど」

そう言うと、裕也は雄大を手招きした。

雄大がギターを抱えて裕也の元に歩み寄ると、二人は握手をした。
それに応えるように観客からも拍手が起こった。

「ゆうだーい♪」

数人の女の子達が雄大に声をかけた。
いつも雄大の歌を聴きに来てくれる子達だった。

「おっ、なんだよ。シークレットゲストのつもりだったのに親衛隊付きかい?」

「いや、そんなんじゃ」

雄大は少し照れて、苦笑いをした。

「さぁ、それじゃ雄大。行ってみるか?
 で、今夜は何を歌うんだっけ? なんか、大事な歌って言ってたよな?
 それじゃ、みんな。雄大に盛大な拍手を!」



雄大はひとつ深呼吸をすると観客を見渡した。
その真ん中の後ろの方に申し訳なさそうに立っている美佐子の姿が見えた。
美佐子もこちらをじっと見ていた。

雄大は美佐子を見ながらゆっくりと話し始めた。

「えー、今夜はここで歌わせてもらえる事を感謝します。
 実は数ヶ月前、大切な友人が事故で亡くなりました。
 その彼が本当は今夜、ここで彼女の為に歌うはずだった歌を歌わせてもらいます」

そう言うと雄大は緊張をほぐすかのように一度深呼吸をすると
横に置いてあったペットボトルの水をひと口飲んだ。
そして、話を続けた。

「この歌は、彼から彼女へのプレゼントだったのですが
 ただ、想い出を歌っているのではありません。
 彼の願いはいつだって彼女の幸せでした。
 それは今も変わってはいません。
 何故なら、それこそが彼にとっての幸せだったからです」

美佐子は思わぬ雄大の言葉にただ固まったように動けずにいた。
流れ出てくる涙さえ拭う事もせずに。

「彼は今でも彼女の事を見守っています。
 そして、誰よりも彼女の事を心配しています。
 彼の死後、彼女は部屋に閉じこもりがちになりました。
 無理もありません。
 俺なんかが想像する以上に心に大きな穴が空いてしまったのでしょうから。
 そんな或る夜。彼は俺の元に現れたのです。
 そして彼は俺に言ったのです。
 『この歌を彼女の為に歌って欲しい』と。
 そして、彼女に伝えて欲しいと言いました。
 『約束を果たせなかった事は申し訳ないけど
  だからって僕は逃げたりはしない。
  いつも君の傍で見守っている。
  君が幸せになれるようにいつまでも見守っているから。
  君が笑顔で自分の道を歩いて行けるように見守っているから。
  それが僕の願いなんだ』
 彼はそう伝えて欲しいと言いました。
 それが夢だったのか? 現実の事だったのか?
 俺には今でも分かりません。
 みんながこの話を信じてくれるかどうかも分かりませんが
 彼の彼女への想いだけはただひとつの真実だと俺は疑ってはいません」

雄大は隣で神妙な顔で立っている誠二をチラッと見た。
誠二は黙って美佐子だけを見ていた。

雄大はひとつ咳払いをすると、また水をひと口飲んで言った。

「ちょっとすみません」

そう言うと、雄大はギターのチューニングを確認するフリをして
隣にいる誠二に小声で話しかけた。

「ねぇ? やっぱり、この歌は君が歌った方が良いよ。
 せっかく美佐子さんも聴きに来てくれたんだし」

「無理だよ」

「俺の身体を貸してやるよ。乗り移れるんだろ?」

「それはダメだ。何が起こるか分からない。
 もし、僕が戻れなくなったら君はどうなるか・・・」

「その時は・・・仕方ないよ。なるようになるさ」

雄大は誠二に微笑みかけた。

「雄大君・・・」

「さぁ、時間が無い。観客だって変に思うよ」

「分かった。ありがとう・・・」

雄大が目を瞑って上を向くと、呼吸を合わせるように誠二が深く深呼吸をした。
そして、静かに誠二は雄大の心と同期させていった。


「雄大クーン、大丈夫?」

観客から心配の声が飛んだ。

「雄大、頑張れ!」

裕也も思わず声を上げた。

「頑張って!」

奈津子は祈るように両手を合わせると心の中で呟いた。



雄大・・・いや、誠二はギターを一度、ポロンと鳴らすと覚悟を決めたように前を向いた。

「集まってくれたみなさんには申し訳ありませんが
 この歌は彼女の為だけに歌わせてください」

「頑張ってー!」

観客からも声援が上がった。



「それでは・・・『約束』と言う歌です」

”誠二”は美佐子を見て、微笑むと優しく語りかけるように歌い始めた。
その歌声を聴いた瞬間、美佐子はハッとした。
目の前にいるのは雄大のはずなのに
その歌い方は懐かしく、そして愛おしいあの誠二そのものだったのだ。

『誠二?』




      
 ≪約束(プレゼント)≫


  君と初めてのクリスマス
  貧乏学生の僕には贈れるモノなんて何も無かった

  当てもなく歩いた賑やかな街
  路上のアクセサリー売りで500円の指輪を買った

  僕にとっては精一杯のプレゼント
  君はそれでも嬉しそうに薬指にはめた指輪を
  何度も何度も
  華やかなショップのウインドウの光にかざしてた

  いつか そう、いつかね
  本当の指輪をプレゼントするから



  君と二度目のクリスマス
  風邪で寝込んだ僕の傍らで君は心配そうな顔してた

  せっかく作った君の手料理も
  無理をして買ったイチゴのショートケーキも

  台無しになってしまったけれど
  僕にとってはそんな事も大切な想い出のひとつ
  いつまでもいつまでも
  君と一緒に過ごす日々がかけがいのない宝物

  来年も そう、再来年も
  僕の傍でいつもみたいに微笑んでいて



    君にとっての僕は
    プレゼントをたくさん抱えた
    サンタクロースにはなれないかも知れないけど
    赤い鼻のトナカイになって
    君の明日を照らしていたい、ずっと、ずっと、ずっと



  もうすぐ三度目のクリスマス
  相も変わらず僕はバイトに明け暮れているだろう

  おめかしをした君の横に並ぶ
  ふさわしい男にはまだまだ成れないでいるだろうな

  僕は今日も歌を歌うんだ
  たぶん、明日も明後日も君に愛を届ける為に
  サンタクロースにはなれないけど
  君の明日を照らすトナカイになってあげるよ

  そして、そういつか
  僕の故郷を君にも見て欲しい

  そして、そういつかね
  これが今の僕に出来る精一杯の約束(プレゼント)





あのイブのライブから1週間が経った。
今日は大晦日だ。
あれから美佐子はどうしただろう?
もしかしたら、美佐子にとっては余計な事をしてしまったのかも知れない。
誠二の為にも美佐子の為にも良かれとした事だったが
結果として束の間の期待を裏切った事になったかも知れない。
そんな思いが雄大の脳裏をいくつも過っては自分を責めたりもした。

しかしそれと同じくらいに、今の雄大の心の中で大きくなっているもの。
それは奈津子への想いだった。

何度か連絡をしようかと携帯の番号を出してはみたものの
結局、電話ひとつも出来ずにいた。
上手くキッカケが見つけられなかったのだ。
裕也が冗談で言っていた言葉。
『雄大は歌以外はからっきし・・・』
そんな言葉をふと想い浮かべては「確かに」
そう頷くしか出来ずにいた。

「ダメだなぁ、肝心な時に大事な事も言えないのかな」

その時、雄大の携帯が鳴った。
奈津子からだった。


『もしもし、雄大君?』

「あっ、は、はい!」

雄大は驚いて返事の声が裏返ってしまった。

『ふふ。どうしたの? 声が裏返ってるわよ』

「い、いや・・・ビックリして・・・」

『何よ。ひどいわ。そんなに驚かなくたって良いのに』

電話の向こうで奈津子が拗ねるように言った。

「いや・・・丁度、奈津子さんの事を考えていたから。
 それで・・・」

「まぁ、ホント? それなら嬉しいけど?」

電話の声が今度は弾んでいた。

「ねぇ? 今夜はライブ? バイト?」

「バイト。大晦日で稼ぎ時だから抜けられなくてさ」

「そう。何時に終わるの?」

「んー、11時過ぎには」

「了解。 じゃ、11時半に会えない? 初詣に行こうよ」

「初詣?」

「そう、初詣!」

「そんな夜中に?」

「夜中じゃないわよ。お正月だもの」


どんな理屈か分からなかったが、奈津子からの誘いを断る理由なんて無い。
それに、美佐子の様子も訊きたかったのだ。
これは決して口実ではない。
そう自分に言い聞かせている自分が雄大は可笑しかった。



「ごめん、待った?」

「いや、俺も来たばっかりだよ」

「雄大君って嘘が下手なタイプね」

奈津子が笑った。

「えっ? どうして?」

「だって、ほら。こんなに手が赤くなってる」

そう言うと、奈津子は雄大の手をそっと取った。
雄大の冷え切った手が奈津子の温もりを感じていた。
心臓の鼓動が必要以上に高鳴っていたのは
思わぬ奈津子の行動に対処出来ていない自分がいたからだろう。

確かに30分は待っただろうか。
11時半の約束がもう時計は新年になっていた。


「初詣・・・」

「えっ?」

「何処に行く?」

ドギマギした気持ちを抑えて雄大がそう訊くと
奈津子は少し驚いたようにまじまじと雄大の顔を見た。
そして、優しく微笑むと雄大の腕に自分の腕を絡めて言った。

「取りあえず、歩きましょ」


夜中の12時を過ぎていると言うのに街は人々で溢れていた。
通りかかりに見かけるカフェも人でいっぱいだった。

「けっこう、こんな時間に人が出ているんだね」

「みんな新しい年は大切な人と迎えたいんじゃない?
 あっ、そっちは見ちゃダメよ。邪魔になるから」

そう言われて、建物の影を見るとカップルらしい二人が抱き合っていた。

「あっ・・・」

「羨ましい?」

「えっ? あっ・・いや」

「うふふ。さぁ、行きましょ」

奈津子は微笑みながら雄大の腕を抱えて歩きだした。


「そう言えばさ」

「美佐子の事でしょ? 気にしていると思った」

「うん・・・何かさ、あの時は誠二の為にも美佐子さんの為にも
 何とかしてあげたいと思ってたんだけどね。
 でも、もしかしたら美佐子さんにとっては
 結果として、却って悲しみを深くさせる事になったんじゃないかって」

「あの歌の後、美佐子が雄大君に駆け寄ったよね?
 何を話していたの?」

「あぁ、俺は何が何だか良く分かって無かったんだ。
 気が付いたら美佐子さんが目の前にいてさ。
 で、いきなり『誠二なの?』って。泣きながらさ。
 可哀想だったけど
 本当の事なんかは言えないから、ごまかすのが精一杯だったよ」

「ねぇ? あの時の歌ってやっぱり誠二君が歌っていたの?」

「多分・・・本当は俺が歌うはずだったんだけど
 でも、本番直前になって美佐子さんを見ていたら誠二が歌った方が良いと思ったんだ。
 それで誠二に身体を貸してやるから歌えよって言ってね。
 誠二は俺の身体を心配してくれて・・・ほらっ、俺に乗り移る訳だから。
 でも、後先の事なんか考えている余裕もなくってさ。
 だから、歌っている時の事は何も覚えていないんだ」

「やっぱりそうだったんだ。でも、雄大君らしいわね」

奈津子は少し嬉しそうだった。

「誠二が歌ってるって分かった?」

「ううん。確信があった訳じゃないけど。
 でも、歌い方を聴いていて私も誠二君を思い出したから。
 そっか、やっぱりそうだったんだね。
 それで、その後・・・体調とかは大丈夫なの?」

「うん。何でもないよ。 あっ、今の俺は雄大だからね!」

「あはは。私もそれは分かる。誠二君はもう少し大人だったもん」

「えー? ひどいなぁー」

雄大はふくれっ面で文句を言った。

「ごめんなさい、つい」

「つい?」

「うふふ。それだけ雄大君は純真だって事よ」

「えー? それって褒められて無い気がするけど」

「そんな事無いって」

奈津子は笑いながらそう言うと組んでいた腕をぐっと引き寄せた。

「あっ!」

雄大は思わず顔を赤らめた。

「ほらね。じゅ・ん・し・ん」

「もう!」

奈津子には敵わない。
雄大は苦笑いをするしかなかった。

少し間を置いて奈津子は訊いた。

「それで、あの後誠二君は?」

「うん。美佐子さんと話しをしている間は確かに俺の横にいたんだけど。
 でも、気が付いたらいなくなっていたんだ。
 また、来るかなって思って、何度かあの公園にも行ってみたんだけど
 あれからは来ていないんだ。
 もしかしたら、もう来ないかも・・・」

「そっか、想いを遂げられた・・・って事かな?」

「だと、良いんだけど」

「そうね」

「でも、ドラマなんかだとさ。
 想いを遂げた幽霊が天国に召される前に最後の別れを言いに来るとかさ。
 何か、こう・・・感動のラストシーンみたいな?
 あっ、別にそんな事を期待していた訳じゃないんだ。
 そんな事になったら誠二と永遠の別れみたいになっちゃうからさ。
 かえって、この方がいつか又、誠二に会えるような気もするし・・・」

「そうね」

「あー、もっと早く誠二に会えていたらなぁー。
 こんな形じゃなくってさ。
 きっと、あいつと一緒に歌えていたら楽しかっただろうなー」

答える代わりに奈津子は組んでいた腕にもう片方の手を添えると
雄大の肩口にそっと頭を寄せた。
それから二人は黙ったまま歩き続けた。

時計はもう1時を回っていた。
真冬の深夜だと言うのに
その割に寒く感じなかったのはお互いの温もりを感じていたからだろう。

言葉が無くても通じ合う気持ち。
そんな事も誠二と美佐子の事を知った今だから信じられると雄大は思っていた。



「そう言えば、美佐子さんは?」

「あっ、ごめんなさい。その話だったわね」

ふと立ち止まると、奈津子は雄大の顔を見て笑顔で言った。

「美佐子ね。あれから笑うようになったわ。
 何かが吹っ切れたみたい。
 やっと誠二君の死を受け入れられたって事なのかな?
 もしかしたら、誠二君が歌うのを聴いてその気持ちが伝わったのかもね」

「そっか。良かった」

「誠二君と美佐子の事を想う雄大君の気持ちもきっとね」

「うん。そうなら嬉しいな」

「美佐子ね。1月で大学を辞めて、2月になったら看護師の専門学校を受験するんだって。
 今回の事で生きる目標がハッキリしたみたい。雄大君のおかげね」

「いや。でも・・・結局今回は俺は何もしていないよ。
 誠二だよ、全部。あいつの美佐子さんを想う気持ちがそれだけ強かったって事だね」

「そうね」


二人は又、しばらく無言で何処へと言う宛も無いまま歩き続けた。


「あっ、そう言えば」

「何?」

「初詣・・・何処に行く? この近くに神社ってあるのかなぁー」

「うふふ。 で、雄大君は何をお願いしたいの?」

「お願い? そうだなー ん、考えて無かったけど今、思いついたよ」

「何?」

「来年も・・・」

「もう来年の話?」

奈津子は面白そうに笑った。

「来年も、奈津子さんと初詣に行きたいなって。再来年も、その次の年も・・・ずっと」

奈津子は立ち止まると組んでいた腕を解いて雄大と向かい合うと今夜一番の笑顔で答えた。

「私もそうお願いしようと思っていたのよ」

そう言うと、奈津子は雄大に抱きついてキスをした。


「ねぇ? もしかして、これも誠二の計らいなのかな?」

「誠二君のお礼って事?」

「なんかね、誠二ならやりかねない。あいつもけっこうお人好しだから」

「雄大君も負けてないけどね」

奈津子がそう言うと二人は顔を見合わせて笑った。
そして、今度は雄大から奈津子を引きよせてキスをした。長い、長いキスを。












































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