Y の 悲 劇







朝、起きてYシャツを着ようと袖に腕を通した途端
袖口のボタンが取れて
しかもベッドの下に潜り込んで早々に行方不明

仕方なく別のYシャツに着替えながら
ついボヤきが口をついた

「全く、朝から縁起でも無いなぁ〜」

までも、こんな事も無い訳ではない

「そうだよな」

とは思いつつも何だか嫌な予感がよぎった

そう。普段は全く当たらない俺の勘も
何故だか、こんな時だけは良く当たるんだよな



  ≪フフフ・・・≫



「いただきま〜す」

  {ズルッ}・・・{ペチャッ}


「ウゲッ!」

朝食のおかずは昨夜の残りのスパゲッティ
しかも、あろう事かナポリタン?

ひと口啜った瞬間に
ペチャッとケチャップが白いYシャツの襟元にはねた

「何てこった!」

まさに「Oh,my God」の心境

未だ何も仕事をしていないのに
早くもYシャツの三枚目が出動



「あっ、やべっ!」

そりゃそうだよ

Yシャツを三着も着替えていたら
そりゃ時間も無くなってしまう

それでなくても
ギリギリまで寝てるんだから


バスの時間まで後7分
バス停までは5〜6分

慌てて家を出てバス停まで駆けだした

と、二つ目の角を曲がろうとしたら
脇から大きな黒猫がのっそりと出て来て
丁寧に俺の前を一往復した後で
おもむろに俺の方を見てニヤリと笑うと

「みゃぁ」と鳴いた


「げっ!見てない、見てない、俺は何も見ていない!」

そっと薄眼を開けて前方を見ると何もいない

「ほっ、やっぱりあれは気のせいだったんだよな」

気を取り直して再び駆け始め・・・


足元で黒猫が今度は「にゃあ」と鳴いた

「ぎゃーーーー!」

俺はビックリして2mくらいは飛び跳ねた

通販のCMの注釈風に言えば

【これは個人の感想であり
 実際の高さとは差があります】

こんな感じ?

おっと、遊んでいる場合じゃない!


「なっ、何だ? 縁起でもない!
 あっ、やべェ〜 バスに遅れる!」



  ≪・・・≫



数百m先にバスだ!

「急げ、俺!」

この時のダッシュならウサイン・ボルトにも勝てる気がした


ギリギリセーフ!

バスに飛び乗った俺は空いている後ろの席に座った

『やれやれ、危なかったぁ〜』


ホッと安堵の溜め息を漏らすと
何気なく対向車線を見るでもなく眺めていた


その時だった

対向車線を走って来るお城・・・お城???

しかも、黒い・・・城のような・・・

「ゲッ!?」

いつもは沈着冷静が売り物の俺も
つい思わず大声を上げてしまった


それは霊柩車

慌てて親指を隠したのは言うまでも無い


『な、な、何だ、今日は朝から?』



何とか無事に会社に到着をした

会社はビルの5階
いつもは当然エレベーターなのだが、何を思ったか

「良し、一丁階段を駆け上がるか!」

多分
朝からの縁起でもない出来事を払拭したかったんだ


一階から二階と調子良く駆け上がる

二階から三階も思った以上に快調

三階から・・・


四階に上がる階段の八段目を踏み外し

「イテテッ!」

こけた瞬間に右の膝をしこたま強打


やっぱり慣れない事はするもんじゃないな

と、プチ反省をしつつ
さて、気を取り直して仕事、仕事!


「さてと、これで準備は良いかな?
 よし、じゃあ出掛けるか」

男はやはり仕事が一番

仕事をしていたら朝からの出来事なんて
もうキレイサッパリ頭から無くなっていたんだ


でも、何でなんでだろ?


出掛けに掛って来る電話ほど厄介なものは無い

私の経験では九分九厘トラブルか
そうでなくても面倒な問い合わせなのだ


そして案の定・・・


本社の担当部署に連絡をし内容の確認をして
それから代理店さんに応答

多少のすったもんだの末に 48分遅れで会社を出発


「ふぅ・・・」

溜め息をひとつ大きくついた後で
俺は車を立体駐車場から出し予定のコースを走らせる

『今日は何をやってもダメな気がするな・・・』

そりゃそうだ
何たって、起きがけからして縁起が悪かった

『続く時には続くものなんだよなぁ〜
 だけど、好事魔多しじゃないけど
 逆パターンって事だってあるよな?』

そう自分に言い聞かせてはみたものの
現実はそう甘くは無いってのを
この後も立て続けに知らされる事になる事を
俺は未だ分かってはいなかった


その後、午前中は特に何がどうと言う事も無く
覚悟をしていた以上にアッサリと完了

『やっぱ、気の回し過ぎだったかな?
 いくら何でも悪い事だってそんなには続かないさ』


  ≪果たしてそうかな?≫


ゾクゾクッ!?

『な、なんだ? この悪寒は???』



昼休みに入る前にコンビニでお茶とコーヒーを購入

弁当?
弁当は・・・まぁ、いわゆる「愚妻弁当」ってやつだ

だから、コンビニで買うのは
いつも決まってお茶とコーヒー

後はまぁ、タバコと時々ミンティアを買うくらいだ


いつもの公園の駐車場に車を停めると
スーツの上着を脱いで助手席の背もたれにかけてから
俺は車の中で弁当を食べだした

そして、一服をしたら
決まって3〜40分は車の中で寝る

それが俺のお決まりの昼休みだ


おかずは卵焼きとミニトマト以外は冷凍食品
までも、作ってもらえるだけありがたい

三百円渡されて
「好きな物を買って食べて」と言われたって
今時は三百円じゃ大して何も買えない

アンパン二個と缶コーヒーくらいは買えるだろうが
それなら未だ愚妻弁当の方がマシだ

もっとも、弁当のおかずは毎日ほぼ同じ

”冷凍食品の封を切ったらなるべく早く使い切る”

つまり、そう言う事なのだ


弁当を食べ終えると
俺はタバコを一本取り出し火を点けた

「ふぅ〜」

タバコの煙をゆっくりと吐き出すと
少し開けた運転席の窓から煙が逃げていく

このまったりとした時間が堪らない

それから俺はドリンクホルダーに置いていた
ボトル缶のコーヒーのキャップを開けて

そして、飲もうとした瞬間

右手に持ったコーヒー缶のキャップから
数滴のコーヒーがこぼれて
Yシャツの胸の部分にシミを作った

「なっ!?」


すっかり油断をしていた

そうだ、今日は”そう言う”日だったのだ


「参ったなぁ〜
 これじゃ恥ずかしくて代理店にも行けない。
 仕方ない、何処かでYシャツを買って着替えるか」

財布を見ると千円札が三枚
後は小銭が全部で五〜六百円

「まぁ、一応買えるか」


泣く泣く近所のヨーカドーで
二枚組2980円の白いYシャツを購入

本日四着目の着替えをヨーカドーのトイレでした



人間って不思議だ

人間って面白い

それがどんなに悪い事だろうと
これだけ続くと逆に開き直れるモノなのだ

そう、人間って案外たくましい


「さぁ、後は何だ? 何が来る?
 鳥のフンでも上から落ちてくるってか?
 良いさ。何でもくれば良いさ。
 だからどうした!」



  ≪そんな事を言っちゃって知ぃ〜らない≫



「ん? 何か言ったか?
 な、訳は無いか・・・誰もいないしな。
 良し、着いた。仕事再開だ!」

俺は気合いを入れ直すと車から降りて
後ろのドアを開けカバンを取り出した

それからスーツの襟を直すと
もう一度気合いを入れた

「よっしゃ、行くぞ!」


その時、頭上を何かがよぎった

「ん?」

思わず俺は空を見上げた

俺の頭上を通り過ぎたカラスは
俺の新品のYシャツをわざと狙ったかのように
ピンポイントで爆弾を落としていった

その爆弾は
スーツの襟とネクタイの僅かな間をぬうように
Yシャツの胸からお腹にかけてツーッと・・・垂れた


俺はもう怒りも戸惑いも通り越した心境になっていた


「良かった。二枚組のYシャツを買っておいて♪」

心からそう思った


そう思った瞬間に何処かで何かが弾けた感じがした



  ≪ま、参りました・・・≫



それから回った代理店では面白いほど契約が決まった

まるで何か”憑き物”でも落ちたかのように
俺は絶好調男になった


ただ、車の後部座席には
脱ぎ散らかされた汚れた二枚のYシャツ

それがとても憐れに思えた

「可哀想に。
 結局、今日一番の災難はYシャツだったな。
 でも、まさか一日で五枚も着替えるはめになるなんて。
 【Y(シャツ)の悲劇】・・・なんちゃって?」
































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