容疑者Yの誤算  〜名探偵猫野ダヤン登場〜









俺には完璧なアリバイがあった。
しかも、
俺には犯人が事件を引き起こす際に必ず持つ動機が無かった。

俺は確信をしていた。

「俺は絶対に捕まらないし、
 例え、捕まったとしても立件は不可能だ」と。



「良く分かりました」

謎解きを考える時にテレビの刑事や探偵が良くやるような仕草。
つまり、親指と人差し指でVの字を作って顎に手をやる仕草をしながら
名探偵気取りの猫野ダヤンとか言う私立探偵はそう呟いた。

「じゃ、私はこれで失礼しても良いかね?」

「そうですね。今のところは只の参考人ですから
 これ以上、引きとめてもおけないでしょう。
 部屋に戻ってもらっても良いよね? ラック君?」

「えっ? はい、まぁ、そう言う事でしたら」

どっちが刑事で、どっちが手伝いなのか分からない。

こいつは猫田ラックとか言ったな?
まぁ、こっちとしては頼りない方が刑事で助かると言うもんだ。
でも、どうも猫野は一筋縄ではいかない奴のようだ。

念の為、少し用心をしておいた方が良いだろう。



「あっ、すみません。Yさん。もうひとつだけ」

猫野は部屋に戻ろうとする俺に向ってそう呼び止めた。

「なんだね? 疑いは晴れたんじゃないのかな?」

「はい、そうなんですがね。
 でも、ひとつだけ気になる事がありまして。
 いや、別に大した事では無いんですけどね」

俺はやれやれとワザと大袈裟に切り返した。

「探偵さん・・えーっと?」

「猫野ダヤンです」

「そう! その猫野さん。
 いったい何が気になると言うんだね?」

「アリバイがねぇ・・・」

「アリバイ?
 それはお手伝いの妻田に確認してもらったんじゃないのかね?
 あなたが犯行があったと言う、その時刻は
 私はお手伝いの妻田にお茶を頼んで部屋に持って来てもらったんだよ。
 その時、私は
 『こんな遅い時刻に済まないね。おっと、もう12時だったんだね。
  ご苦労さん、休んで良いよ』
 と、時計を見て言ったんだから間違いない。
 妻田も私の部屋の時計をチラッと見ていたから知っているはずだが」

「そうですね。 妻田さんもそうおっしゃっていました」

「だろ?」

「えぇ。でも、妻田さんは自分の時計を見た訳じゃないんですよね?」

「そんな事は知らんよ」

「変ですねぇ〜
 お手伝いさんなら、何より時間に正確じゃないといけないはずです。
 それが、どうして妻田さんは腕時計くらい持っていないんでしょう?」

「さぁね。 訊いた事も無いな」

「実はね、私。妻田さんに話を伺った時に訊いてみたんですよ」

「ほぉ。 で、彼女は何と?」

「妻田さんは、おじいさんの形見の古い懐中時計を愛用していました。
 これが英国製の高価な物でしてね。
 何十年も前の物なのに1年に2〜3秒も狂わないそうです。
 まさに職人の素晴らしい技術で作られた時計です。
 妻田さんもそれを気に入っていてたいそう大事にされていたとか。
 ところが、今朝、あなたに頼まれて貸した時に
 あなたが誤って時計を落として壊してしまったそうですね」

「あぁ、そう言えば・・・
 そうそう!
 それで申し訳なくて、知りあいの腕の良い時計職人に頼んで
 修理をしてもらっているんだが・・・
 それが何か?」

「タイミングですよ。 良過ぎると思いませんか?
 しかも、そのせいであなたのアリバイは成立をした訳です。
 妻田さんは”あなたの部屋の時計”で時間を確認したんですよね?」

「だから、どうだって言うだね?
 この家には他にも何個も時計はあるんだ。
 もし、私が私の部屋の時計の時刻を変えていたとしたって
 妻田は普段は台所か休憩室にいるはずだ。
 そこにだって時計はあるんだから、時間は分かっているはずじゃないかね?」

「えっ? あなたが時計の時刻を変えた?
 私はそんな事はひと言も言ってませんよ」

「何だか、そうとでも言いたげな言い方だったじゃないか?
 まるで、最初から私を犯人扱いでもしているような。
 実に不愉快だ!」

「いやいや、決してそう言う訳ではありません。
 お気を悪くされたんなら大変失礼を致しました」

「もう良いかね? そろそろ休みたいんだが」

「どうぞ、お休みください。 失礼致しました。
 ラック君、Yさんを部屋までお送りしてあげたら?」

「そうですね。じゃ、どうぞ・・・」

猫田が言うのを遮るように俺は言った。

「いや、けっこう。
 それでなくても家に刑事が探偵だと居て眠れそうも無いのに
 余計に眠れなくなりそうだ。
 少し、静かにさせてもらいたいね」

私はわざと大袈裟に、さも怒り心頭と言った風に大股で歩き出した。

「あっ、そうそう! Yさん。 もうひとつだけ」

「何だね、今度は?」

「被害者のジージョさんにお聞きしたんですが。
 あなたは甘い物はお好きですよね?」

俺は大きくため息をついて見せた。

「だから何だね?
 でも、残念ながら最近はメタボ気味でね。
 今は医者に控えるように言われておるから、最近はとんと食べてない。
 私だって、自分の命は惜しいからな」

「じゃ、やはりお好きなんですね?」

「だから、医者に止められて甘い物は止めていると言ってるだろ?」

「でも、止められているとなれば尚更食べたくなるんじゃありませんか?」

「ふん! 猫ならガマンは出来ないだろうが私は人間だ。
 しかも、分別も常識もある大人だ。
 自分のコントロールくらい出来るさ」

「なるほど」

「いい加減にしてくれ! もう良いだろ?」

「ジージョさん、事件に気がついた時の様子をもう一度話してくれませんか?」

「あっ、はい」

ジージョはひとつひとつゆっくりと思い出している風に話し始めた。

「はい。 私がお風呂の後に食べようと思って
 リビングのテーブルの上にクッキーをおいておいたんです。
 それが、30分後にお風呂を出てみたらそのクッキーが無くなっていたんです」

「それであなたは猫警察に通報をした?」

「はい」

「何時頃の事ですか?」

「12時15分くらいです」

「どうして、その時間だと?」

「はい。 私、お風呂からあがってから携帯を見たんです。
 そしたら、友達からメールがきていました。
 それで『こんな時間だし、返信はどうしようか』って思ったので」

「なるほど。
 つまり、ジージョさんがお風呂に入った11時45分頃から
 12時15分頃の間に何者かが居間に侵入をしてあなたのクッキーを食べた。
 そう言う事ですね?」

「はい」

「クッキーをテーブルに置いたのは間違いありませんか?」

「はい。大好きなクッキーだったので間違いありません」

「それはどのテーブルでしたか?」

ジージョは居間のテーブルを指差した。

「ここです」

猫野は頷くと話しを続けた。

「ジージョさんが風呂に入ったのが11時45分。
 それからジージョさんが風呂からあがるまでの30分間。
 その時間にこの家にいたのは
 Yさん。あなたとお手伝いの妻田さんだけです。
 チョージョさんはお友達と遊びに行っていて不在ですから
 これはアリバイを調べればいずれ犯人では無いと分かるでしょう。
 つまりですね。他には誰もいない事になります。
 しかも、妻田さんは自分専用のお菓子BOXを持っていて
 別に他人のクッキーを取ってまで食べようとはしないでしょう」

「そんな事は分からんじゃないか」

「まぁ、それはそうなんですがね」

「だから。 いったい君は何が言いたいんだね?」

「Yさん。 ジージョさんのクッキーを無断で食べたのはあなたですね?」

「な、何を証拠に? じゃ、私のアリバイはどう説明するんだね?」

「アリバイ? あー、時計の事ですね?」

「そうだよ。 私の部屋の時計が当てにならないと言うなら
 他に部屋のはどうなんだね?」

「まず、リビングの時計ですが。 アレは電池切れでしょうか?
 動いていませんよね?」

「ま、まぁ・・・」

「次は台所に置いてある時計ですが、アレは犯行推定時刻には
 見る事が出来ません」

「何故だね?」

「簡単です。 後ろ向きに置いてありましたから」

「そ、それは私は知らんぞ!」

「それは? ほぉ。 まぁ、良いでしょう。
 ではリビングのはご存じですよね?」

「あー、そう言えば妻田が今度電池を買わなきゃとか言っておったが」

「他に時計はありますか?」

「ジージョとチョージョの部屋にはあるはずだが」
 
「でも、ジージョさんはその時間はお風呂ですから見る事は出来ません。
 もちろん、他の誰も勝手にジージョさんの部屋には入れないでしょう。
 チョージョさんの部屋の時計も同じです」

「あっ、そうだ! 和室にも時計はあるんだぞ!」

「それは私も確認しました。
 でも、和室の襖はいつも閉じていますよね?
 わざわざ襖を開けてまで、果たして時計を見る人がいるでしょうか?
 まして、失礼ですが妻田さんは少しアバウトな方の印象があります。
 そんな面倒な事はしないでしょう。
 実際、妻田さんは12時になっていた事も知らなかったようです。
 あなたに言われて気がついたと言っていました。
 その時計はあなたの部屋の時計です。
 30分や1時間くらい時刻をずらすのも簡単でしょう。
 つまり、アリバイにはならないと言う事です」

「じゃ、動機は? 私の動機は何だと言うんだね?
 私にはジージョのおやつを取る動機は無い!」

「簡単ですよ。 禁断症状です。甘い物へのね。
 あなたの言葉を借りれば
 猫ならガマンはしませんが、残念ながら人間はガマンをしてしまう。
 でも、どんな完璧な人間でも人間である限り魔が射すって事があるんですよ」

「し、失礼な! 私はそんないい加減な人間では無い!」

「じゃ、あなたは魔なんか射さないと?」

「あぁ、もちろんだ!」

「でも、あなたはこの前。
 タバコの灰と種火をテーブルに落とした時。
 慌てて辺りをキョロキョロ見渡した後で誰もいない事を確認してから
 濡らしたティッシュで拭いて焦げ目を隠してましたよね?」

「な、何故・・・それを?」

「ふっ。 Yさん。 あなたの家のネズミですよ。
 彼が私にこっそりと教えてくれたんです。
 近頃のネズミは要領が良い。
 生き残る術を知っているんですな。
 猫を敵にすべきでは無い・・・そんなところでしょうか。
 他にも”色々”と話を聞かせてくれましたよ。
 聞きたいですか?」

「えー? 面白そう♪ 何? 教えて!」

ジージョが愉快そうに言った。

「もしかしたら、お前の話かも知れないぞ」

「そんな事ないもん!」

「まぁ、まぁ。 までも、それは本件には関係が無いので
 又の機会にでもしておきましょう。
 話がややこしくなるといけませんからね」

そう言うと猫野ダヤンは私を見てニヤッと笑った。
全く、いけすかない野郎だ。

「オホン」

俺は咳払いをひとつしてから猫野を睨むと言った。

「でも、断じて私はやっていない。
 私が娘のおやつを取っただと?
 全く、バカバカしくて話にならん!」

「あなたはアリバイを完璧なものにしようとして
 ジージョさん以外
 唯一、あの時に一緒に家の中にいた妻田さんを
 アリバイの証人にする事で
 自分が部屋にいたと言う事を証明しようとしました。
 つまり、犯行時刻に居間には誰もいなかった。
 もちろん、玄関も窓も鍵がかかっていたのですから
 外からの侵入者は考えられません。
 ある意味であなたはこの居間を密室状態にした訳です。
 それがあなたの誤算です。
 せめて、居間の窓でも開けておけば
 何処からか野良・・・こう言う言い方は好きではありませんが
 野良猫でも入って来て
 たまたまテーブルに置いてあったクッキーを見つけて失敬をした。
 そう言えば、あなたに疑いはかからなかったでしょう。
 野良猫なら証拠を残すようなへまはしませんしね」

「じゃ、じゃ〜 その証拠とは何だ?」

「Yさん。 ちょっと笑ってみてくれますか?」

「何だと?」

「さぁ、どうぞ」

「なっ・・・」

「さぁ!」

俺は訳が分からずに作り笑いをしたが
その顔は思いっきり引きつっていただろうか。

「いったい、何をさせるつもりなんだ?」

「ほら、証拠はそれですよ」

「えっ!?」

「ほらっ、あなたの前歯の隙間に何か白い物が挟まっていますね。
 本当は歯を磨きに行きたかったのでしょうが、洗面所はお風呂の前です。
 それだとジージョさんに気がつかれてしまいます。
 だから、あなたはお茶が飲みたかった。
 そこであたなは妻田さんにお茶を持って来させた。
 アリバイも作れるし一石二鳥と言う奴ですかな。
 つまり、あなたが妻田さんを呼んでお茶を入れさせたのは犯行の後。
 狭い家の中です。
 時計の時刻を10分か15分も進めておけば十分だったでしょうね。
 でも、お茶で口をすすいだつもりでしょうが
 Yさん、悪い事は出来ないもんですね。
 僅かですが、歯の隙間に食べかすが残ってますよ。
 何なら鑑識犬を呼んで調べてもらいますか?
 その歯についている物がこのクッキーと同じかどうか」

猫野ダヤンはそう言うと俺の目の前に1枚のクッキーを差し出した。

「なっ、何をするんだ! クッキーはあれば最後だったはず・・・あっ!?」

「ふふ。
 あなたはどうしてあのクッキーが最後の1枚だったと知っているんですか?」

「そ、それは・・・」

「Yさん。 こう言うのを『問うに落ちず、語るに落ちる』と言うんですよ」

「・・・」

「お父さん、ひどい!」

たいそうな剣幕で俺に向ってジージョは詰った。
『ヤ、ヤバイ、ジージョは本気でお冠だ!?』

「ごめん、ごめん。明日また買って来てあげるから」

「嫌だ、今食べたかったの!」

「そんな事を言ったって・・・」

「お父さんのバカ!」

「ジ、ジージョ・・・ごめん、本当にごめんなさい!」

と、そこにいつも魔の悪いチョージョが帰宅。

「ただいまぁ〜♪ あれっ? みんな揃ってどうしたの?」

と、ノーテンキなひと言。

「こら! どうしたのじゃないだろ?
 お前、いったい今が何時だと思ってるんだ?」

「ねぇ、お姉ちゃん! 聞いてよ。 お父さんったらね」

「そんな事はどうでも良い!
 と、ともかくだ!
 お前、こんな時間まで何処で何をしてたんだ?」

「何をって・・・別に友達と」

「ねぇ、お姉ちゃん! お父さんったらひどいんだよ!」

「そんな事よりだな」

「あっ、そんな事って何?」

「いや、だから・・・そのぉ・・・なんだ・・・」

「ねぇ、ねぇ、お父さんたら私の・・・」

「オホン! それより、お前だ! チョージョ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。
 そんな一度に話されたら訳が分からないよ」

「だから、お父さんがね!」

「そんな事よりだな!」

「なんだかんだ!」

「ワイワイ」

「ガヤガヤ」

「やいのやいの!」

「すったもんだ!」・・・






「さあ、ラック君。我々はもう寝ようか?
 後は親娘の問題だ」

そう言うと、猫野ダヤンは手に持っていたクッキーをパクッと食べた。

「あれっ? それはジージョちゃんの」

「あー、これかい? これは私のクッキーですよ。
 この前、お父さんが買ってきてくれたでしょ?
 あれね。全部食べた事にしてましたが
 実は1個だけ楽しみに隠してあったんですよ」

そう言って猫野ダヤンはニヤッと笑うと
ストーブの前に行ってひと伸びをした後でおもむろに丸くなった。

「もう! ダヤンさんったらずるいんだからぁ〜
 それに今回は僕の良いところも全然無かったしさぁ・・・ぶつぶつ」

そうボヤくとラックもダヤンの隣に行って
「ふぁー」とひとつ欠伸をしながら丸くなった。



えっ? 夢乃・・あっ、いや・・Y家の親娘騒動の顛末ですか?

まぁ、こんなドタバタはいつもの事ですからねぇ〜

でもきっと、Yさん
明日あたりジージョちゃんに
思いっきり高いクッキーでもねだられるんじゃないですかね。




















































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