夢 の 中






「助けて!」


慌てて身体を起こして辺りを見渡すと
そこは間違いなく自分の部屋だった

「なんだ・・・夢か・・・
それにしても嫌な夢だったな・・・
 俺は何に追いかけられていたんだ?」

逃げても逃げても追いかけてくる
それも一人や二人じゃない

いや、逃げているうちに
だんだんと追いかけてくる人数が増えていた

あいつらを”人数”と数えて良いのならだけど


何故か俺は銃を持っていた

でも、撃っても撃っても
あいつらはまるでゾンビみたいに
倒れても、倒れても
起き上がるとまた俺を追いかけて来た

泣きそうになりながら必死で逃げる俺

そんな様子を俺は何処か高いところから見ていたのだ

でも、確かに逃げていた奴も俺だった


逃げても逃げてもあいつらは追いかけて来た

まるで狩りを楽しむハンターのように
わざと俺を逃がしては
また、追いつめるのを楽しんでいるようだった

そして捕まる寸前で目が覚めたのだ

「うぅ、嫌な夢だったな・・・」



ふと、時計を見る

「あっ、ヤバい! 遅刻する!」


焦って身支度を整えネクタイを結ぶと
スーツの上着を小脇に抱えて家を飛び出した

「ヤバい、ヤバい! 急がなきゃ!」


マンションの駐車場から急いで車を出すと
狭い脇道を縫うように走り
五本先の信号から幹線道路に出た

すぐに幹線道路に出るよりも
こうして走った方が信号の流れが良いのだ


「よし、今日は運が良いぞ」

いつもより車は少なくて
車の流れもスムーズだった

「これなら何とか間に合うな」

俺は安心すると
ポケットからタバコを取り出して火を点けた

そして、アクセルを踏み込んだ


好事魔多しとはこう言う事を言うのだろうか?

ふとバックミラーを見ると
赤色灯を回してパトカーが凄い勢いで俺の車に迫ってきた


「えー? ヤバいって!
 なんだよ、こんな時に?」


車を道路の左端に停めると
パトカーも俺の後ろに付いて停まった


一人の警官がパトカーを降りて
俺の方に向かってくる

「やれやれ、やっぱ今日はついてない日なんだな。
 見た夢も最悪だったけど現実も最悪だ。
 これでもう今日は遅刻間違いなしか・・・」


警官が車の横に来て窓を2〜3回ノックする


「はい、なんですか?
 そんなにスピードは出てないはずだけど」

「免許証を見せてくれますか?」


問答無用って事か?
極めて事務的に警官は言った


「ちょっと待ってください・・・
 確か財布に・・・
 あれっ? スーツのポケットだったかなぁ〜」
 
あっちこっちと手を入れて免許証を探す

しかし、何処にも見当たらなかった

いや、そんなはずはない!
確かに、いつも財布に入れていたんだ!


「不携帯ですか?」

表情も変えずにまた事務的に警官は言った


「いや、確かにここに・・・」

俺は内心焦りながら
もう一度、財布の中を探し始めた


「まぁ、良いでしょう。
 調べれば分かる事です。
 とりあえず、パトカーに乗ってくれますか?」


俺は車を降りると
渋々パトカーの後部座席に乗り込んだ


「お兄さん、名前は?
 住所は何処?」

パトカーの運転席にいたもう一人の警官が
愛想笑いを浮かべながら言った

こう言う事には慣れっこなんだろう


「関口・・・雄太・・・ですけど」

「関口ね? 関所の”関”に普通の”口”で良いのかい?
 名前はどんな字?」

「雄大の”雄”に太いですけど・・・」

「住所は?」

「住所は・・・」


俺が言った名前と住所を無線で問い合わせていた


「・・・えっ? 何ですって?
 了解です! 緊急確保します!」

「確保? いったい何の話だ?」

「すみませんね、お兄さん。
 ちょっと署まで同行をお願いしますよ」

「な、何ですか?
 ちゃんと名前も住所も言ったじゃないですか?
 それで確認出来たでしょ?」

「えぇ、出来ましたよ。
 あんたね、指名手配中じゃないか」

「指名手配? 何の事ですか?
 俺はここ何年も違反だってしてないし・・・」

「言いたい事があれば署でゆっくり聞くよ。
 取り調べの刑事がね」

「刑事? な、何でですか?
 ただの免許不携帯じゃないですか!」

「ただの?」

警官二人が顔を見合すと

「こりゃ、一筋縄ではいかないタマかね。
 あんたね・・・」

そう言うと警官の一人は俺の方を向くと
予想外の言葉を口にした

「あんたね、3年前に指名手配されてんだよ。
 いや、しらばっくれなくても今確認したから。
 覚えがない訳ないだろ?
 人を一人殺してるんだから。
 ひき逃げは罪が重いよ、あんた。
 で、どうやって今まで逃げてたんだい?」

「殺し・・・てる? 俺が?
 おまわりさん、それは何かの間違いですって!
 俺はひき逃げなんかしてないです!
 ホントです! 俺はひき逃げなんかしていない!」

「まぁ、まぁ、落ち着きなさい。
 いずれ分かる事なんだから
 素直にしといた方が
 後々の心証は良くなるよ」

「違います! 本当に違うんだ!
 俺じゃない! 俺じゃない!」


俺がひき逃げ?
いったい、いつ?
何かの間違いだ!
俺はやってない!


「とりあえず、マル被の車はレッカーだな。
 手配しておいてくれ。
 さて、署に向かうか。
 今日は思わぬ手柄を拾ったな」

「おまわりさん、間違いだ!
 俺はやってないんだって!」

「ふっ、最初はみんなそう言うんだよ。
 往生際は良くしといたほうが身のためだぜ」

「違う、俺じゃない!」

「まぁ、良いさ。
 せいぜい吠えてな」

運転席の警官が
ギアを入れアクセルを踏み込もうとした瞬間
俺は後ろのドアのロックを空けて
外に飛び出した

「あっ、こら! 逃げるな!」

「おい、待てー!」


冗談じゃない!
俺がいったい何をした?
指名手配だって?
ひき逃げ?
誰と間違ってそうなったんだ?


「待て!」

「こらっ、待てー!」

警官二人が追いかけてくる


俺は道路を駆け降りると
うっそうと雑草が生い茂った中を一目散に走った


何処に逃げる?
そんな事はどうでも良い
とにかく、今は逃げるしかない!

『捕まったら終わりだ』

何故かそんな思いが頭を過っていた


雑草に足を取られそうになりながらも俺は必死に走った

「待てー!」


なんでこうなったんだ?
なんでだよ?
俺が何をした?


後ろを振り返ると
警官の一人がすぐ後ろに迫っていた


ダメだ!
逃げるんだ!


俺は目に入った木の少し太い枝を折ると
振り向きざまに警官の一人に向って叩きつけた

「こらっ、抵抗するな!」

「だから、俺じゃないって言ってるだろ!」

「貴様! 大人しくしろ!」

「俺じゃない!」


俺は持っていた枝を警官に投げつけると
また一目散に駆け出した

「こら、待て! 撃つぞ!」


撃つ?

な、何を言ってるんだ?


振り向いた瞬間
後から追い付いてきたもう一人の警官が
俺に向けた銃の引き金を引いた


その瞬間
足を踏み外したかと思うと
深い穴の中を俺は落ちていた

「助けてー!!!」



「あっ!?」

俺は本能的に飛び起きた

「はぁ、はぁ・・・」

自分でも息が荒くなっているのが分かった

「はぁ、はぁ・・・ここは何処だ?」

辺りを見渡すと
そこは間違いなく自分の部屋だった

変な汗をビッショりかいていた

「夢か・・・? あぁ、良かった・・・」


それにしてもと俺は思った

夢の中で夢を見るなんて本当にあるんだ?


「それにしても、なんてリアルな夢だったんだろう?」


俺はしばらく呆然としたまま
布団を起き出せないでいた


「あっ!? そう言えば、今は何時だ?」


目覚まし時計を見るとまだ6時半だった

「なんだよ〜 まだこんな時間かぁ」


どうする?

起きるにはまだ早いが
寝直すほどの時間も無い


「起きるか。
 また、寝直して変な夢を見るのも嫌だしな・・・
 あっ、そう言えば」

俺は起きあがると
布団の横の
机の上に置いておいた財布を手にした

「免許証はあるよな?」

だが、いくら財布の中を探しても免許証は見当たらなかった

「変だなぁ〜 確かに入れてたはずなんだけど・・・」


その時
下から大きな声がした

「雄太、起きなさい!
 あんた今朝は朝練じゃなかったのかい?」


「朝練? なんだそりゃ?」


部屋を見渡すと
部屋の壁には学生服がかかっていた


「えっ? あれは俺の制服?
 えっ? じゃ、俺は・・・今は高校生?
 なら、免許証は無くて当たり前か・・・
 なんだよ、それ?
 変な夢をみたせいでなんだかおかしくなりそうだ」


その時
また、下から声がした

「雄太、いい加減にしなさい!
 あんた、起きてるの?」

「はーい!」

俺は返事をすると
”見覚えのある”タンスの中から
着ていく服を選んで着替えると
学生服を持って部屋のドアを開けた

すると
そこには凄い形相の母親が立っていた

「あんた、いい加減にしなさいよ!
 全く幾つになってもグータラなんだから!」」

その瞬間
カーッとなった俺は
”持っていた”ナイフで母親を刺した



『あー!』

俺は飛び起きた

いや・・・起き上がれない


『うぅ・・・』


なんだ?

声が出ない!?


やけに陽射しが眩しかった


ここは何処だ?

見渡しても木の幹と枝が見えるだけだった


俺は”誰”だ?

自分を見ようとして顔を横にした瞬間
俺は凍りついた


な、何?

黒い細かい毛が全身を被っていた

なんだ、これは?

ま、まさか!

俺は毛虫なのか?


はっ! 手は? 足は?

そんなもの、あるはずが無い


俺は毛虫なのだ


そうか・・・思い出したぞ!


俺は前は人間だった

だけど
俺は罪も無い人間を何人も殺してしまった

その償いがこれか?


でも、仕方ないじゃないか!

俺が悪いんじゃない!

アレは戦争だったんだ!


俺はただ、上官に命令をされて
爆撃機から爆弾を落としただけなんだ

それで誰が何人死のうが
それは俺の責任じゃないだろ?

なのに
なんで俺がこんな報いを受けなきゃならないんだ?

報いを受けるなら
俺に命令をした奴じゃないか!


『熱い・・・』

夏の陽射しで木の幹まで熱くなっていた


俺が落とした爆弾で死んだやつらも
こんな思いをしたんだろうか?

だから俺の報いはこれなのか?


『熱い・・・早く日陰に逃げなきゃ・・・』

だけど
身体は思うように早くは動けない

俺は毛虫なのだ


『熱い・・・』


その時
風を切る音がして
空から何か黒い影がすごい勢いで俺に向って来た


『鳥だ!』

思った瞬間
俺の意識は無くなっていた



「助けてくれー! だ、誰か! うぅ・・・」

「あなた! あなた! どうしたの?」

「あぁ・・・」

「あなた、どうしたの? 顔色が真っ青じゃない!
 しかも凄い汗・・・
 いったいどうしたの?
 熱でもあるの?」

「あっ、いや・・・大丈夫だ・・・」

「本当に大丈夫?
 なら良いけど・・・
 でも、しっかりしてよね、もうすぐパパんだから」

「パパ? 俺が・・・?」


俺は”誰”だ?
俺の名前は?
そして・・・こいつは誰だ?
俺の事を「パパ」と呼んだぞ?
すると、こいつは俺の妻なのか?
名前は・・・名前は何だっけ?


ちょっと待て!

冷静になるんだ!

良く考えるんだ!


俺は・・・関口雄太・・・

間違いない

職業は・・・
そう、新聞社のヘリコプターのパイロットだ

爆撃機のパイロットなんかじゃない


そして・・・そして、そう

こいつは芳江だ

俺より2歳下で
俺のいるヘリポートで事務をしていた

そう、職場結婚をして
もうすぐ3年だ

そして、来月には子供が生まれる


「ねぇ、あなた、どうしたの?
 何だか変よ?」

「あっ、いや・・・なんでもない」

「そう? でも、本当に大丈夫?
 眠れないなら何か入れようか?」

「今、何時だ?」

「まだ3時半よ」

「そうだな、じゃ、熱い珈琲でも入れてくれる?」

「珈琲? 余計に眠れなくなるわよ」

「良いんだ。 なんか寝ると変な夢でも見そうだし」

「夢? 変な夢って?」

「あぁ・・・嫌な夢を見てたんだ」

「どんな?」

「うん、最初は何か
 ゾンビみたいな得体の知れないモノに追いかけられていて。
 銃で撃っても、あいつらすぐ起き上がって
 また、俺を追いかけて来たんだ。
 で、寸でのとこで夢から覚めたと思ったら
 今度は警察に捕まりそうになってさ。
 俺が指名手配のひき逃げ犯だって言うんだぜ。
 おかしいだろ?
 で、逃げてる最中に警官が銃を撃って来てさ。
 死ぬと思った瞬間にまた目が覚めたんだ。
 その後は目が覚めたら高校生になってたよ。
 この脈絡の無さって何だと思う?
 しかも、俺は
 たかが、起きないからって怒られただけで
 母親を持っていたナイフで刺したんだ。
 ナイフなんて寝てたのに何処に持ってたんだってな。
 結局はそれも夢でさ。
 そしたら、次は何になってたと思う?
 毛虫だぜ。 なっ、笑えるだろ?
 しかも、なんで毛虫だったと思う?
 俺が爆撃機で落とした爆弾で
 たくさんの人を殺したんだって」

「・・・」

「なっ? 信じられない夢だよな。
 夢にしたって全くどうかしてるよな」

「・・・」

「ん? どうした?」

「それ・・・」

「ん?」

「夢じゃないよ」

「えっ?」

「それ、夢じゃないよ」

「何をバカ言ってるんだよ?」

「バカでも冗談でも無いの」

「おいおい、何を言い出すんだよ?」

「だから、それは夢じゃないわ。
 全部、あなたが今までしてきた事」

「何だよ、それ?
 悪い冗談は止めろよ。
 それでなくても今夜は
 嫌な夢を散々見せられてきたんだから」
 
「・・・」

「おい、何とか言えよ!
 なんで俺が・・・
 おい、嘘だろ?」

「嘘じゃないわ。
 良心の呵責があるから
 あなたはゾンビに追われる夢を見たのよ。
 撃っても死なないで起き上がって来たって言ったわよね?
 それって、いくら後悔しても足りないくらい
 良心の呵責に苛まれてるって事よ」

「な、何を言い出すんだ?」

「あなたは忘れてるだだけ。
 でも、あなたが悪いんじゃない。
 あなたは病気なのよ」

「おい、止めろよ!
 いい加減、俺だって怒るぜ!」

「そうね。 それが嘘や冗談だったら・・・」

「おい・・・まさか・・・」

「思い出した?」

「まさか・・・」

「思い出したのね?」

「まさか・・・お前も?」

「そう・・・私もあなたが殺したのよ!」

「嘘だろ? なっ? 嘘だよな?
 そ、そうだ! これも夢だ!
 そうだよ。 うん、そんな訳は無い。
 これも夢なんだ!」

「まだ、思い出さないの?
 あなた、誰かに捕まれば良かったのよ。
 ゾンビにでも警官にでもね。
 そしたら、こんな夢も終わったのに。
 残念だったわね。
 でも、それも可哀想かな?
 いっそ死んだ方が楽よね?」

「なっ、何を言い出すんだ?」

「安心して、私が楽にしてあげる」


その瞬間
芳江の顔はみるみる崩れて
俺が最初に見た夢に出て来たゾンビの顔になって
俺に襲いかかってきた


「ギャー!!!!!」



「あなた! ねぇ、あなたってば!
 どうしたの?」

芳江が心配そうな俺の顔を覗き込んでいた


「はぁ、はぁ、はぁ・・・
 お前・・・ 芳江?」

「何よ? いきなり。
 私の顔も忘れたの?」


まだ俺の心臓は
張裂けそうなくらい激しい動悸を繰り返していた

あれは全部夢だったのか?



「ねぇ? あなた、大丈夫?
 もう起きる時間よ。
 今朝も気持ちの良い朝だわよ。
 さぁ、起きて、起きて♪」


芳江はそう言うと
鼻歌を口ずさみながらカーテンを開けた

「ねぇ? 今日は休みだったよね?
 何処か出掛ける?
 そうだなぁ〜 ドライブなんてどう?」

「いや、ドライブはダメだ・・・
 そんな気分になれないよ」

「なぁ〜んだ、つまんないの。
 なら、どうする?
 何処かに行こうよ♪
 すっごい良い天気だよ」


ドライブになんか行ったら
俺はすぐに警察に捕まりそうな気がしていた

もし、そんな事にでもなったら
見ていた夢が本当になりそうで怖かったのだ


『までも、そんな事は無いかな』

俺は思わず自分に苦笑をした


「ねぇ? どうしたの?
 変な笑いなんか浮かべて。
 おかしな人ね」

「そうだな。 何処かに出掛けよう!
 うん、何処にしようか?
 そうだ! この前映画が見た言って言ってたよな?」

「えー? こんな天気の良い日に映画?」

「そっか、それもそうだな。
 じゃ、どうしよう?」


確かに暗い映画館はまずい

万が一、退屈で寝てしまったら
起きた時
これも夢だったなんてなったら困るしな


でも・・・

これは本当に現実なのか?

まさか、これも夢だったなんて事にはならないよな?

いや、まさか・・・まさかね



「ねぇ、どうしたの?
 何か変よ。 悩み事?」

「い、いや・・・何でもないよ」

「そう? なら良いけど?」

そう言って
芳江は俺の背中に抱きついてきた

「何だよ? いきなり・・・」

「うふふ」


その時
芳江が後ろ手に隠し持っていたナイフが
朝の光を受けてキラリと光った

「楽にしてあげる・・・」
































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